伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

指揮者転向の足掛かりに適したバレエ伴奏

『密なる時』P.94:
また彼はクラシックバレエのレパートリーを演奏するオーケストラの指揮も行った。
プティ原本:
Il dirigeait aussi des orchestres qui accompagnaient des ballets du répertoire classique,
Telperion訳:
彼はクラシック・レパートリーのバレエの伴奏をするオーケストラの指揮もした。

現役ダンサーであり続けるのが難しくなったヌレエフが指揮に挑戦したことについて。

通常の演奏でなく伴奏

accompagnerの基本的な意味は「~に伴う」で、音楽用語としては「~の伴奏をする」。オーケストラが伴奏しているのはaccompagnerの目的語である"des ballets du répertoire classique"(クラシック・レパートリーのバレエ)。ヌレエフが指揮したのは、バレエ公演を伴奏するオーケストラ。

新倉真由美の文では、「バレエを伴奏する」が「レパートリーを演奏する」になった。このため、普通のオーケストラ演奏会での演奏のように見える。言うなれば、「ロミオとジュリエット」全幕公演が、組曲「ロミオとジュリエット」の演奏会になったようなもの。

バレエ界からクラシック音楽界への転向しにくさ

クラシック音楽界ではバレエはオペラの添え物扱いで軽視されているらしい。ヌレエフ絡みだと、次のような例がある。

  • Diane Solway著『Nureyev: His Life』ペーパーバックP.312や、Julie Kavanagh著『Nureyev: The Life』ペーパーバックP.320によると、ヌレエフが1964年にウィーンで「白鳥の湖」を振付・演出した際、天下のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に音楽について指示した結果、楽団員たちに反発された。
  • Meyer-Stabley著『Noureev』でヌレエフの談話の中に、「パリ・オペラ座では世界中のオペラ座同様、バレエは役立たず(la cinquième roue du carrosse)と見なされています」という言葉がある。ちなみに訳本『ヌレエフ』で対応する新倉真由美訳は、P.250の「隅に追いやられています」。
  • Meyer-Stableyは『Noureev』で、ヌレエフに音楽界でのバレエ軽視を打破する望みがあったと書いている(「バレエ音楽軽視の現状を変えるため」)

バレエ界のスターであっても音楽の専門家でないヌレエフが指揮する際、オーケストラが主役の演奏会を率いるよりは、バレエの伴奏者となるほうが恐らく敷居は低い。新倉真由美の文の状況がありえないわけではないが、プティの文のほうが納得しやすい。

更新履歴

2015/3/16
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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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