伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

賛辞の対象は映画全体でなく主演男優ヌレエフ

『ヌレエフ』P.240:
美しさ、ユーモアさらに節度、自由、自然がある。心地よく実に斬新な映画だ!」
Meyer-Stabley原本:
Beauté et humour, donc, mais aussi sobriété, liberté, naturel. Sympathique : autre nouveauté ! »
Telperion訳:
話を戻して美しさとユーモアもあるが、節度、自由もあり、自然だ。好感を持てる。またも斬新だ!

ジャーナリスト、シルヴィ・ド・ニュサックによる映画「ヴァレンティノ」のヌレエフ評より、記事「人物ヌレエフよりダンサー、ヌレエフを評価」の直後の部分。2つの記事の引用部分を続けて読むと分かるとおり、新倉真由美訳では美しさ、ユーモアなどは「実に賞賛すべきこの作品の中に」ある、つまりこれらの長所は映画のものとされている。原文ではこれらの長所もヌレエフのものとして語られているということに、先ほどの記事では少ししか触れなかったので、この記事でもっと説明しようと思う。

列挙した長所を持つのは

「美しさとユーモア(Beauté et humour)」の後にあるdoncは、「(結論・結果を導く)それゆえ、だから」という意味で使われることが多い。しかしそれ以外に、「(話を元に戻す)さて、ところで」という意味もある。そこでニュサックによる評の前のほうを読み返すと、実際に美しさとユーモアが話題になっている。

美しさ
後光とかヒップの筋肉とかいう言葉を使い、裸体でターバンという姿でもこっけいにならないと書いている。
ユーモア
映画のヌレエフにあるユーモアに、「ビッグニュース」「ロマンチックバレエやクラシックバレエでは滅多に使わない」と希少価値を見出している。

「話を戻して」という意味があるdoncとともに並べられた"Beauté et humour"とは、その少し前に話題になっていた俳優ヌレエフのそれだと推測してよい。だから、その次にさらに列挙される"sobriété, liberté, naturel"(節度、自由、自然な)もやはり、映画でなくヌレエフのものだろう。

新倉真由美が「この作品」と訳した代名詞leは、先ほどの記事で書いたとおり、ヌレエフを指す。ド・ニュサックは評の最初からヌレエフについて語っており、映画自体に触れている部分は見当たらない。ド・ニュサックはルモンド紙で舞踏記事を多く書いていたらしい(ルモンド紙のサイトでSylvie de Nussacを検索すると分かる)。ダンサー、ヌレエフの別な顔を見る気にはなっても、映画そのものの評論には踏み込まなくても不思議はない。

斬新なこと

この記事の引用の最後にある"autre nouveauté !"(別の斬新さ)は、コロンで区切られる前にあるsympathique(好感を持てる)について説明している。「別の斬新さ」というのは、前のほうでヌレエフのユーモアを珍しいと評したことを受けている。斬新なのはユーモアだけではなかったということ。私が前の記事を読んで思うに、ド・ニュサックにとってダンサーのヌレエフは賛嘆の対象であり、舞台の外のヌレエフはあまり好きでなく、どちらのヌレエフにも温和な好意は抱いていないのではなかろうか。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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