伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

翻訳に由来する新倉本『ヌレエフ』の間違い - バレエ一般

前も書いたとおり、新倉真由美訳『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、原本と比べると以下の3つが数多くあります。

  1. 明らかに事実でないこと
  2. 非論理的な文
  3. 意図的と疑いたくなるほど異なるヌレエフ像

このうち3番目については、すでに主だった個所を「新倉本が招くヌレエフの誤解 - 一覧」でピックアップしました。今回は1番目の一部として、原著者のせいでない、バレエ関係の大きく間違った記述を挙げてみます。ただし、ヌレエフ自身に関する間違いは別の機会に譲ります。※があるのは「三日月クラシック」のミナモトさんによる指摘です。

「三日月クラシック」の怪しい部分まとめ(間違いの説明)と原文比較1(対訳)より
  • P.126 マリア・トールチーフの父親はインド人※
  • P.210 ギレーヌ・テスマーはロシアのプリマ※
  • P.185 ジョージ・バランシンは1979年にニューヨークにやって来た
  • P.264 クロード・ド・ヴルパンなる男性がヌレエフ版「シンデレラ」上演にかかわった
  • P.268 シャルル・ジュドとフロランス・クレールは監督ヌレエフのもとで昇進した
「三日月クラシック」の原文比較2より
  • P.214 1974年に亡命した時のミハイル・バリシニコフはヨーロッパに滞在していた
  • P.271 「ドン・キホーテ」の振付は1822~1910年にわずかに復元され、それ以外はViollet-le-Ducによって再考された
「三日月クラシック」の原文比較5より
  • P.43 マリインスキー劇場は後にワガノワ・アカデミーになった
  • P.272 パリ・オペラ座バレエのエトワールを任命するのは芸術監督
このブログより

「バレエ誌を発行する出版社による、バレエ愛好家が訳した本にこんなことが!?」と思ってしまうレベルのものに絞ったため、「三日月クラシック」で早々と取り上げられたものがほとんどです。当時は原本を読む前ですから、私はよほど確信がなければ出版本に異議を唱えるのに踏み切れませんでした。それはミナモトさんも同じだったのではないでしょうか。

とても短い一覧

上に挙げたうちで「バレエ雑誌を出す出版社が関与しながらこれ!?」と特に思うのは、次の3つ。

バランシンがニューヨークに来たのは晩年になってから
バランシンがニューヨークで活躍したのは、20世紀のバレエに関心があれば自然に頭に入りそうに思えます。
マリインスキー劇場がワガノワ・アカデミーになった
エトワールを任命するのは芸術監督
どちらの今のバレエ界にもかかわることです。

もっとも、『バレリーナへの道』はほぼ国内取材で成り立っているらしいので、外国のバレエを知らなくても作れるのかも知れません。『バレリーナへの道』が相手にする読者は、稽古には熱心だけれど鑑賞には興味がない層だけだということでしょうか。

更新履歴

2014/5/10
「とても短い一覧」の独立、例の追加など

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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