伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

パリオペ監督が高い地位とは言っていない

『密なる時』P.88:
オペラ座バレエ団の芸術監督は、だれかあるいは何かがその2つの椅子を外させる瞬間までは非常に高い地位だけれど、その時唐突に君は地面に放り出されてしまうのだよ」
プティ原本:
Le directeur du ballet de l'Opéra se croit bien installé jusqu'au jour où quelque chose fait s'écarter les deux sièges, et là, soudain il se retrouve le cul par terre.
Telperion訳:
オペラ座バレエの監督は自分がとても安定していると信じているが、それもある日、何かが2つの椅子を離すまでのことで、すると不意に尻餅をついているのさ。

パリ・オペラ座バレエの監督の地位を、隣り合った2つの椅子の真ん中に座ることにたとえたプティ。

プティが言うのは監督の思い込み

第1文の述語は"se croit ~"(自分が~だと信じる)"。その後に続く言葉"bien installé"はあくまで監督が信じていることで、実際にはそうではないというプティの皮肉がこもっている。

"bien installé"の直訳は「うまく据え付けられた」。椅子の比喩と結びつける場合、私は「何の問題もなく座っている」と解釈している。2つの椅子の間に座っても、自分の位置は大して高くならないので、私は「うまく」を「非常に高く」と同じだとは思わない。もっとも、こちらは人それぞれの解釈がありそうだが。

もとから高くなさそうな監督の地位

新倉真由美がプティ原本と並行して読んでいるMeyer-Stabley著『Noureev』(『密なる時』訳注に書名あり)を読むと、少なくともリファール時代後ヌレエフ時代までは、パリ・オペラ座バレエの監督が自分の意を通すのは大変だった、ダンサーたちが何かと監督に楯突いたと書かれている。これは監督ヌレエフの奮闘を語るうえで欠かせない要素だと思う。しかし新倉真由美は訳本『ヌレエフ』で何度もそういう描写を見過ごしている。目立つ例はこのあたり。

プティが書いた「うまく座った」を「非常に高い地位」と言い換えるのがありえないとまでは思わない。しかし、「昔の監督は苦労が絶えなかったらしいのに…」ともやもやしてしまった。『ヌレエフ』でヌレエフが監督時代も好き勝手したような言われ方なのに不満があるため(「訳本が招くヌレエフの誤解(3) - 馬耳東風」にいくつか例あり)、ここでも引っ掛かるのだと思う。

椅子から落ちるのはヌレエフとは限らない

最後に椅子から落ちる人物をプティはil(彼)と呼んでいる。ヌレエフに向かって話した言葉でヌレエフを彼とは呼ぶはずもない。彼とは最初の文の主語であるオペラ座バレエの監督。プティは一般論として監督の地位の危うさを語っており、ヌレエフ一人に限定しているわけではない。ヌレエフの監督就任が決まる前に話した可能性もある。

更新履歴

2014/6/21
小見出しを導入、2番目の小見出しが付いた内容を書き直し

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する