伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

プティは振付家としてヌレエフを従わせるつもり

『密なる時』P.23-24:
私はこの年若いスーパースターに合わせ、彼の気に入りそうな振り付けをした。
しばらく音楽を聴いた後で、私は彼に3回続けて繰り返し踊ることができるだろうかと尋ねた。
プティ原本:
J'ai réglé au jeune monstre un pas qui lui a plu. Après avoir pendant un moment écouté la musique, j'ai pensé qu'il serait bien de le répéter trois fois de suite.
Telperion訳:
私は若き怪物に、彼の気に入ったステップを合わせた。少しばかり音楽を聴いた後、私はそのステップを続けて3回繰り返すのがいいだろうと考えた。

プティがヌレエフとの初仕事である「失楽園」で一度くじけたものの、稽古を再開したとき。

下手に出るような指示の出し方だとは限らない

第2文の原文は私が訳したとおり、プティが考えたことを述べている。ヌレエフに自分の考えをどう告げたかは書かれていない。新倉真由美は繰り返しを求めるプティの言葉を創作しているが、実際の言葉は「君さえよければ3回繰り返してくれないだろうか」かも知れないし、「今のを3回繰り返してくれ」かも知れない。

以下のことから、この稽古に臨むプティは、「自分の指示には従ってもらう」という強気の態度だったと思われる。

  • この前、フォンテーンがプティに「あのかわいいロシア農民にやりたい放題されたら、あなたはロンドンに長くはいないでしょう」と忠告している。つまり、ロンドンで「失楽園」を完成させたいなら、ヌレエフをうまく操縦しないといけないということ。
  • プティは3回反復をヌレエフにすげなく断られると、その場で稽古をやめて出て行く。

「3回続けて繰り返し踊ることができるだろうか」という質問は、そんなプティの言葉としては、奇妙にへりくだって見える。プティは「この指示を断るなら稽古なんかやめてやる」という気持ちなのだから、「君が嫌ならしなくてもいいよ」と聞こえないような言い方をするほうが、私にはありそうに思える。つまり、上に書いた「君さえよければ繰り返してくれないだろうか」よりは「繰り返してくれ」。しかしそれよりも、原文にないプティの言葉をわざわざ再現しようとしないほうが安全だと思う。

私には、「繰り返し踊ることができるだろうか」という言い方には、自分の立場を確立したいプティより、断定を避け穏当な言葉を選びがちな新倉真由美が強く出ているように見える。あるいは、新倉真由美の頭の中にいる、周囲を振り回すヌレエフ像が、対するプティを弱気なイメージに変えたのかも知れない。

ヌレエフの気に入るステップを意図的にさせたとは限らない

第1文で新倉真由美訳「彼の気に入りそうな振り付け」の原文"un pas qui lui a plu"の直訳は「彼を喜ばせたステップ」。この言い方だと、プティが指示したステップをたまたまヌレエフが喜んだとも考えられる。「彼の気に入りそうな」はプティが意図的にヌレエフ好みの振付を提供したとしか読めないが。

「ステップを彼に合わせる」を「彼の気に入るようにステップを作る」と解釈するのは変ではないと思う。第1文の述語動詞réglerには実際に「合わせる」という意味があるし。ただ、このréglerという単語は、後にプティがヌレエフのために「エクスタシー」を振り付けることを指すのにも使われる(「すぐにはヌレエフと夜遊びできなかったプティ(1)より)。このときプティはヌレエフの新たな可能性を開拓するつもりだったようで、それはヌレエフ好みのステップを振付けるのとはまた異なる概念ではないだろうか。

上の「踊れるかどうか尋ねた」と違い、「彼の気に入りそうな」が明らかに原文からの逸脱だとは私には断言できない。しかし、以下のことから、私ならそういう訳にはしない。

  • 「~そうな」という意味をはっきり示す言葉が原文にない。
  • 「ヌレエフには言うことを聞いてもらう」という決意で稽古に臨むプティに、ご機嫌取りは似合わない。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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