伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヒーローでも卑劣でもないタランティーノ

『密なる時』P.62:
粗暴で偏狭で卑劣なヒーロー、タランティーノ(注9)にも似ていた。
プティ原本:
et tels les héros sordides de Tarantino, brutal et borné.
Telperion訳:
タランティーノの下劣な主人公たちのように、粗暴で偏狭だった。

ヌレエフを「モリエールの守銭奴のように倹約家、ユノのように忠実」などとたとえ続けた文の最後を締めくくる比喩。

タランティーノは新倉真由美の訳注にあるように映画監督。他の比喩では架空の人物や抽象的な人物を取り上げているプティが、ここに限ってタランティーノという生存する人物を取り上げ、しかも性格にケチをつけるのには違和感を覚える。正しくは「ヒーロー、タランティーノ」でなく「タランティーノのヒーロー」、つまり映画の登場人物なのだろうと、原文を知らなくても推察した読者は多いと思う。わざわざ私が原文を出して裏付けるまでもないような気もするが、一応明記しておく。

  • 原文では"de Tarantino"(タランティーノの)が"les héros sordides"(下劣なヒーロー)を修飾している。
  • ヒーローとタランティーノが同一人物なら、ヒーローは原文のような複数形でなく、単数形"l'héros sordide"になるはず。

原文の"brutal et borné"(粗暴で偏狭)は文法的にはTarantinoだけを修飾することも可能だろう。しかし、ヌレエフに似ているとされているのがタランティーノ自身でなくその主人公なのは明らかなので、"brutal et borné"という形容も主人公のものだと見なすほうが自然。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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