伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

狙った相手を魅了するヌレエフの手腕

『密なる時』P.18:
際立っているところはひとつもないが、一度興味を抱くと、人々はひと目で虜になってしまう。その視線は、「あなたを好きになりそうなんだけど、仲良くしていけるかな?」とでも語っているようである。
プティ原本:
Rien d'extraordinaire et pourtant quand il vous portait intérêt, on était conquis par le premier regard, un regard interrogateur, « vous me plaisez, semblait-il dire, allons-nous nous entendre ? »,
Telperion訳:
並外れたものは何もなく、それでいて彼から興味を持たれると、一目視線を浴びれば、物問いたげなその視線に征服されるのだ。「気に入りましたよ、分かり合えるでしょうか」と言ってくるかのようだ。

新倉真由美の訳文に少しばかりのあいまいさを感じるので、くどいかもしれないが、きっちり説明してみる。

興味を抱く主体はヌレエフ

「一度興味を抱くと」の原文は"quand il vous portait intérêt"(彼があなたに興味を持つと)。つまり、人々がヌレエフに興味を抱くのでなく、ヌレエフが人々に興味を抱く。ヌレエフが興味を持つと相手が征服されるというのは、「狙った獲物は逃さない」とも言い換えられる。プティは誘惑者としてのヌレエフの手腕を高く買っていることが分かる。

新倉真由美の文は、「初めはヌレエフに興味がない人でも、何かの偶然でヌレエフに興味を持つと、たちまち虜になる」とも読める(実際、私は「ヌレエフと相手のどちらが興味を持ったの?」と迷った)。ヌレエフに興味を持たずじまいの人は、虜になることもない。プティの表現に比べると、ヌレエフの誘惑が空振りに終わる確率が若干上がる表現だと思う。

ヌレエフの虜になるための視線はヌレエフからのもの

「一目で虜になる」という言い回しは、「ある人が何かを見て、その途端に見たものの虜になる」という意味で使われると思う。上記の新倉真由美訳の場合は、「人々がヌレエフを一目見た途端に虜になる」。

しかし原文で「ひと目」に当たる"le premier regard"(最初の視線)は、"un regard interrogateur"(物問いたげな視線)と並べて書いてあり、どちらも同じ視線について説明していると推測できる。問いかける内容から、「物問いたげな視線」の主は明らかにヌレエフ。したがって、「最初の視線」もヌレエフの視線。プティが言っているのは、「人々がヌレエフに一目見られた途端に虜になる」。このほうが、「彼が興味を持つと相手は征服される」との相性もいい。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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