伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

近寄りがたい雰囲気

『密なる時』P.26-27:
彼と出会った人々は、振り返ってみるものの、あえて近づいて見つめたり賛辞を浴びせたりすることはしなかった。このスーパースターは、映画好きな人々の間でよく知られている、スフィンクス(グレタ・ガルボのこと)のように虚ろな目をし、神秘的で尊大な雰囲気を醸し出していた。
プティ原本:
Les gens sur son passage se retournaient et n'osaient pas l'approcher pour le regarder de plus près ou lui demander une dédicace, tant le monstre prenait un air mystérieux et hautain, les regard absent, tel un sphinx bien connu des cinéphils*.
*Greta Garbo.
Telperion訳:
彼の通り道にいる人々は振り返った。そして、もっと近くで見たりサインを求めたりするために思い切って近寄りはしなかった。それほどまでに怪物は神秘的で尊大な雰囲気をまとい、ぼんやりした目つきで、映画好きによく知られたスフィンクス*のようだった。
*グレタ・ガルボ

献辞の宛先

街中でヌレエフに気づいた一般人が近寄る場合の動機として挙げられた"lui demander une dédicace"は、直訳すると「彼に献辞を求める」。つまり、ここでいう献辞とは、一般人からヌレエフにでなく、ヌレエフから一般人に渡るもの。一般人が有名人からもらいうる献辞としてすぐに思い浮かぶのは、「誰それへ愛をこめて、ルドルフ」といった言葉が書かれた紙。これを求める言葉とは、一般人が有名人に呼び掛ける言葉としてはきわめてありふれた、「サインください!」だろう。

ヌレエフの雰囲気と近寄らない人々の関係

ヌレエフが人を寄せ付けない雰囲気だったという文の前にtant(それほどに)があるので、この雰囲気こそが人々が寄ってこない原因だと分かる。この言葉がないと、有名人のプライベートを乱さないという思いやりのせいだとも受け取れる。せっかくプティの考えが明快なのだから、訳文でもそのまま伝えておきたい。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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