伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

笑いは二人の高揚を高めた

『密なる時』P.101:
突然笑い声が私たちを遮り、
プティ原本:
Soudain le rire vint nous envahir,
Telperion訳:
不意に我々の中から笑いが沸き起こり、

最終章、プティの夢とうつつのはざまでプティとヌレエフがひとつになって踊ったときのこと。

直訳は「不意に笑いが我々を満たしに来た」。envahirは「侵入する、いっぱいに広がる、満たす」などといった意味だが、主語が笑い(le rire)、目的語が我々(nous)なので、この場合の意味は「(感情などが)満たす」だろう。笑いが満たす対象としてヌレエフも含まれるということは、笑いに満たされる状態は内心だけのことでなく、外から見てもそれと分かるのだろう。恐らく2人は笑い出したのだと私は想像している。

新倉本ではこの文は前後の状況に水を差す

この文は「もはや一心同体になっていた」の次に来る。さらにこの文に続いて「どんどん回転の速さを増していった」「大勢の群衆がやって来て観客となり」「もっと踊って、もっともっと」(訳本より)と、興奮が見る間に高まっていく。

新倉真由美の上記の訳の何が引っ掛かるかというと、その高ぶりに水を差す内容だということ。他人が笑い声をあげ、プティとヌレエフを邪魔したかのよう。プティがいう笑いとは2人の心からほとばしり出るもので、2人を引き離しも止めもしていないのに。直後にハイテンションの文が続くため、一瞬のことではある。しかし、私は訳本のここを読むたびに、短距離走のランナーが途中で小石か何かにつまずいたのを見るかのように、緊張の糸が切れるのを感じる。

更新履歴

2016/5/11
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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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