伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

イヨネスコはバレエ関係者でなく劇作家

『ヌレエフ』P.292:
また「ヌレエフ後援会」の後押しで、イヨネスコ、ショヴレ、ドミンゴ等数多くの芸術家たちによる請願書がブレジネフ首相のもとに送らせた(原文ママ)。
Meyer-Stabley原本:
Une autre requête est envoyée à Leonid Brejnev à l'instigation du « Committee to assist Noureev ». Elle rassemble en France les signatures d'Eugène Ionesco, Claude Roy, Yvette Chauviré, Suzanne Flon, Pierre Boulez, Leslie Caron. Parmi les milliers d'artistes étrangers qui s'y sont associés, on relève les noms d'Edward Albee, John Gielgud, Paul Scofield, Paul Taylor, Joanne Woodward, Placide Domingo...
Telperion訳:
「ヌレエフ後援委員会」の旗振りで別の嘆願書がレオニード・ブレジネフに送られた。この嘆願書は、フランスではウジェーヌ・イヨネスコ、クロード・ロワ、イヴェット・ショヴィレ、シュザンヌ・フロン、ピエール・ブーレーズ、レスリー・キャロンの署名を集めた。そこに加わった外国の多くの芸術家のなかには、エドワード・オールビー、ジョン・ギールグッド、ポール・スコフィールド、ポール・テイラー、ジョアン・ウッドワード、プラシド・ドミンゴといった名前が挙げられる。

ヌレエフと母の再会を認めるようにというソ連政府への嘆願書の1つについて。賛同者としてずらりと並んだ有名芸術家たちの名は、訳本では大量に削られた。残念ではあるが、字数減らしの手段としては穏当だろうから、この省略自体については取り上げない。私がこの記事を書いたのは、残った名前が姓だけになった結果、最初に挙がるイヨネスコが誰のことか分かりづらくなったせい。

実は私は原文を読むまで、このイヨネスコとはヌレエフ振付「シンデレラ」の舞台装置を担当したペトリカ・イオネスコ(Petrika Ionesco)だと思っていた。一般的には劇作家のウジェーヌ・イヨネスコのほうが有名だろうが、ペトリカの名が載っている一方、ウジェーヌの名が他の場所にない本で、姓だけなのはとても紛らわしいと思う。誤植や人名間違いが多く、別の場所でイヴェット・ショヴィレ(P.145)としている名をここでショヴレと書くような本では、2つの表記がわずかとはいえ異なるから別人を指すのだろうとはと判断しにくい。3人分のファーストネームなんて大した字数ではないのだから、フルネームで書いてほしかった。

著名人たちは発起人でなく賛同者

原文を読むと、名が挙がった芸術家たちは署名という形で嘆願に参加していることが分かる。つまり、署名を呼び掛ける側ではないらしい。原文で後援委員会(le « Committee to assist Noureev »)の前にある"à l'instigation de ~"は「~にそそのかされて、の勧めで」。「委員会の勧めで」の意味はいささかあいまいだが、芸術家たちが発起人でないなら、委員会が発起人なのかも知れない。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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