伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフの家とフィリッポの家の位置関係

『ヌレエフ』P.205:
一九八〇年代以降ルドルフは、この島の一方に邸宅を持ち、もう一方には劇作家エドワルド・ド・フィリッポのヴィラが建てられていた。
Meyer-Stabley原本:
À partir des années 1980, Rudolf possédera une maison sur cette île, l'un des deux rochers du golfe de Naples qui font face à Positano (sur l'autre se dresse la villa du dramaturge Eduardo De Filippo).
Telperion訳:
1980年代から、ルドルフはこの島に家を持つことになる。島はポジターノに面したナポリ湾の2つの岩礁の1つである(もう1つには劇作家エドゥアルド・デ・フィリッポの別荘がそびえていた)。

リ・ガリ諸島の家について。ヌレエフがリ・ガリのどの区域を買ったかは調べにくいし、綿密に調べるべき重要事項でもないとは思う。しかし、記事「訳本が招くヌレエフの誤解(9) - 異様な趣味」で、ヌレエフは家が建つ島全体を買ったとMeyer-Stableyが示唆している可能性に触れたため、その仮説に反する訳本の記述も取り上げておきたい。

岩礁の意味

家が建つ場所である"cette île"(この島)の後に、"l'un des deux rochers du golfe de Naples"(ナポリ湾の2つの岩礁の1つ)が続く。1つめの名詞句の後にそれを説明する別の名詞句を並べるのはよくある用法。記事「ゴーリンスキーはヌレエフの亡命地でなくエージェント」や記事「訳本が招くヌレエフの誤解(7) - 批判の的」の第1項といった例がある。だからここでの「2つの岩礁の1つ」は、前に書かれた「この島」の言い換えだと見なすのが自然と思う。つまり、岩礁とは島全体のことであり、島の一部分ではない。新倉真由美は岩礁を島の一部分だと解釈しているが、この原文での「岩礁」に「この島の」という形容が明記されていないことは指摘しておく。

ヌレエフの家とフィリッポの家の距離

劇作家フィリッポのヴィラが建つ場所であるl'autre(もう1つ)とは、言うまでもなく2つの岩礁のもう1つ。ヌレエフの岩礁が1つの島なら、フィリッポの岩礁は別の島ということになる。実際、上陸する人間がほとんどいなさそうな小島を2人で分け合うよりは、別々の島に住むほうが、俗世間から離れて羽を伸ばすのにはちょうどいいのではなかろうか。

2人の所有するのが確かに別な島だという信頼に足る出典は見つけられていないので、この記事は保留中カテゴリに入れた。ただし、英語ウィキペディアのリ・ガリの項で、ヌレエフの島はGallo Lungoとされている一方、フィリッポの島はIscaとされている。

新倉真由美が省いた部分

"du golfe de Naples qui font face à Positano"(ポジターノに面する、ナポリ湾の)は、deux rochers(2つの岩礁)を形容する部分。「ポジターノに面する」という関係詞の述語fontは三人称複数の活用形なので、直前のNaples(ナポリ)やgolfe(湾)でなく、さらに前の複数形であるrochersを指すことが分かる。もっとも、ナポリ湾にあってポジターノに面するという位置が存在しうるのか、私は疑問に思う。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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