伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

「バレリーナへの道」の新倉真由美コラム - 人間ヌレエフ論

「微熱が続くし、だるくて頭が働かない、風邪らしい」と思って1週間。あまりに治らないので診察を受けたら溶連菌感染症と判明し、ちゃんとした薬を飲んで治し、それまでにたまりまくった仕事を片付けるのに追われて1週間。最初にすぐ診察を受けていたらこんなに時間をロスしなかったのですが、症状がしつこいとはいえ激しくはなかったので、ついつい過小評価しました。

ところで、文園社刊「バレリーナへの道」94号にヌレエフ特集が載ったと知り、少し前にのぞいてみました。ヌレエフを直接見た人たちの声をあれこれ集めてきたのには感心しました。ヌレエフの年表も、さすがAriane Dollfus著の伝記を参考資料にしているだけあり、『ヌレエフ』の年表より詳細です。文園社の雑誌なので、一応『ヌレエフ』も参考資料のひとつとされていますが。

しかし、こんなブログを書いている私としては、一番気になったのは文責・新倉真由美の「ルドルフ・ヌレエフの生涯」。特集のカラーがヌレエフの職業上の業績を主にしているので、新倉真由美の文もそれに倣っています。それでもヌレエフの性格については書きたかったらしいですね。

神に選ばれた者の宿命か、表面的な華やかさとは裏腹に、心は枯渇し生涯孤高の人であった。
自信に満ちた態度は時に傲慢と批判され敵も作ったが、バレエと言う崇高な芸術の前では常に謙虚で真摯であり、決して満足することなくより高い理想を追い求め続けた。

これを読んで、新倉真由美が『ヌレエフ』の訳者あとがきに書いた「人間ルドルフ・ヌレエフ像」を思い出しました。

天才の名をほしいままにした彼の行動は時に常軌を逸し、過激であったり自己中心的であったりもします。多くの敵を作ったのも事実でしょう。しかし怒り心頭に達し一度は袂を分かった人でさえ、彼を憎みきることはできず、実際世を去った時の喪失感の大きさや寂寞たる思いは想像を超えるものだったように感じます。それは人間味に溢れ、愚直なほど一途に自分の人生を生き抜いた彼の魅力のなせる業ではないでしょうか。

両者に共通するのは、まず「人間的には欠点が多く、たくさん敵を作った」と始めていること。その後、「バレエの前で謙虚」とか「人間味に溢れ」とか言ってフォローしている格好です。「心は枯渇し」は私にはヌレエフにおよそ似合わない表現に思え、新倉真由美の意図を計りかねますが、少なくともほめ言葉には見えません。

普通は、「確かに短所はあるが、長所もある」といえば、短所を認めつつも長所の存在を訴えたいときに使う言い回しです。しかし、『Noureev』で書かれたヌレエフの性格の欠点を、新倉真由美はとても水増ししています。新倉真由美はヌレエフのダンサーとしての力量も原著者Meyer-Stableyより過大に書いていますが、それがかすむくらいの勢いでしたね。なにせ「性格の悪さは彼を最も有名にした要素だろう」なんて書くくらいですから。他にも、新倉真由美の脳内にいるヌレエフはとてつもなく傍若無人なトラブルメーカーなんだろう、だからこんな何でもない文がねじまげられたんだろうと思わせる個所がいくつも。それらを思い出すと、「謙虚で真摯」とか「一途に自分の人生を生き抜いた」とかいうフォローが白々しく思えます。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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