伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

新倉本が招くヌレエフの誤解(11) - パートナーに不親切

ここに挙げるものは、今まで挙げたなかによくあったような「こんな訳文にするなんて信じられない」というものではなく、普通の翻訳ミスと呼んでよいでしょう。でも、ヌレエフがバレエのときに物を投げたとか平手打ちをしたとかいう話ばかり『ヌレエフ』にある一方、パートナーへの態度が良かったという話が消えるのは面白くないので、単独の記事で取り上げることにしました。

  1. P.211 実力以上にみせてあげた人は僅かしかいなかった。(「三日月クラシック」の原文比較3より)
  2. P.210 その才能を表現するのにサポートは不要でした。(同記事より)

サポート上手→邪険

第1項の原文は、「わずかな数のダンサーしか、ヌレエフより多いスキルも、より多様な経験も持たない」(peu de danseurs ont plus d'habileté que Noureev, ni une expérience plus variée)という文に、スキルを形容する「バレリーナを有利に見せるための」(pour présenter les ballerines à leur avantage)と経験を形容する「彼女たちのさまざまな技術上の問題の」(de leurs divers problèmes techniques)が加わっています。なかなか面倒な文で、読解失敗は意外ではありません。しかし、フランス語で女性ダンサーだけのグループをdanseursでなくdanseusesと呼ぶのは、この文を読むとき重要なことでした。

見せようとしたのは自分か相手か

第2項は、「その才能を表現するのにサポートは不要でした」だと、パートナーの助けは借りないとばかりに自分の才能を誇示しているような印象を受けます。その前の「対等であるという印象を与えてくれ」は間違いとは言いませんが、さっきの文の前にあると、「ヌレエフがカークランドと対等であるという印象を与える」と読めてしまいます。実際にヌレエフが与えた印象は「私(カークランド)が彼(ヌレエフ)と対等」。カークランドを立てたヌレエフが、カークランドに負けじと目立つヌレエフに誤解されては困ります。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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