伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

同じなのは3作のうち1作だけ

『ヌレエフ』P.57:
レニングラードに帰ってから二週間後、彼は再び同じ三作品を踊り分け、同じダンサーが一晩でこのような快挙を遂げる未曾有の出来事だった。
Meyer-Stabley原本:
De retour à Leningrad, quinze jours plus tard, il redanse ce même pas de deux du Corsaire, des variations de Laurencia et le pas de deux de Gaeney. Trois morceaux difficiles, et très différents, que le public n'a pas l'habitude de voir exécuter dans la même soirée par le même danseur.
Telperion訳:
レニングラードに戻って2週間後、彼はこの同じ「海賊」のパ・ド・ドゥー、「ローレンシア」のヴァリアシオン、「ガイーヌ」のパ・ド・ドゥーを再び踊った。難易度が高く、大変異なり、観客が同じ公演で同じダンサーが行うのを見るのに慣れていない3つの小品である。

モスクワで開催されたコンクールで3作品を踊って成功した後のヌレエフ。この文脈で同じ3作品といえば、当然モスクワで披露した作品だと読者は思う。しかし訳本P.57によると、モスクワで踊ったのは次の3つ。

  • “海賊”のパドドゥー
  • “ガヤーネ”のヴァリエーション
  • “エスメラルダ”の中の“ディアナとアクテオン”のパドドゥー

レニングラードと重なる演目は「海賊」だけ。原文の"ce même"(この同じ)は直後の「海賊」のパ・ド・ドゥーのみ修飾している。

本当に未曾有の出来事なのか

"avoir l'habitude de ~"は、「~を習慣にしている、~に慣れている」。「慣れていない」は「かつて体験したことがない」と同じ意味ではない。もっとも、控え目に「慣れていない」と表現していても、実は初めてだということはあるかも知れない。それでも、すべての劇場のプログラムを把握するのはまず不可能だろうから、特定の3演目を同じ公演で上演するのが未曾有の出来事だと断言はできないだろう。

新倉真由美の文の不自然な点

数週間前にモスクワで同じ作品を踊っているなら、後のレニングラードの方を「未曾有の出来事」とは呼ばないだろう。その3作をわずか2週間の間隔で2晩踊ったことかとも思いかけたが、「一晩でこのような快挙を遂げる」とあるのだから、その解釈は不可能だった。

Meyer-Stableyのミス - バレエGaeney

Gaeneyという単語はgoogleで検索してもまるで引っかからないので、私はGayane(訳本P.72の「ガヤーネ」に相当する原文)のスペルミスとして扱った。

更新履歴

2012/11/14
「新倉真由美の訳文の不自然な点」部分を単独の段落にし、「バレエGaeney」も加筆
2014/1/18
箇条書きの導入や小見出しの追加といった小さな書き換え

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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