伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

新倉本が招くヌレエフの誤解(9) - 異様な趣味

ここで挙げるのは、訳本を読んだとき「ヌレエフってそんな変なことするの?」と思った個所。今まで挙げた、ヌレエフの人格にかかわる個所に比べると、微笑ましいとすら言えます。しかし、「ヌレエフは変人だから何でもあり」と言わんばかりに新倉真由美と文園社がノーチェックでこんな変な記述を出版したのには驚きます。

  1. P.89 外出時には羽飾りのついたターバンを巻くかクロテンの帽子をかぶり、(「三日月クラシック」の原文比較4より)
  2. P.193 岩でできた大邸宅(「三日月クラシック」の原文比較2より)
  3. P.213 教養のある人間で、プルーストの本を熟読しながら書斎に置くのを好まない(「三日月クラシック」の原文比較2より)

ターバンやコサック衣装でパリで外出?

第1項は、原文で前の文(訳本では「もじゃもじゃの髪で~同意することはなかった」)に付いていた"À la ville"(市街では)がここで"À la scène"(舞台では)の代わりにあるように読み間違えたのだと思います。それにしても、パリの街中でターバン姿とはあまりに奇想天外。

羽飾りが付いたターバンをしているのは、件の個所で触れられている「ラ・バヤデール」のソロル。いくつもの版で共通する衣装のようですね。新倉真由美はヌレエフ版も含めて「ラ・バヤデール」を見たことがないらしいので(記事「バヤデールへの刺客は踊っていたか」を参照)、当然分からないでしょう。しかしせめて、バレエ書籍をよく出版する文園社の誰かが、出版までの過程で連想すればよかったのですが。

岩でできた大邸宅?

第2項の個所を訳本で読んだ後、私は思わずヌレエフのリ・ガリの家の写真をインターネットで検索してしまいました。普通の建材を使っているように見えます。それに原文のpiton(山の尖鋒)は家に置き換えられる言葉ではありません。

この部分はヌレエフ所有の不動産を列挙した一つであり、他の不動産は家や牧場やアパルトマンです。「ガリの島」を新倉真由美が「リ・ガリ島の家」に変えたのは、それらに合わせたのかも知れません。「島」を「島の家」にした以上、新倉真由美にとっては「この岩だらけの鋭鋒」も家を指す言葉でなければならなかったのでしょう。

しかし、リ・ガリは小さな島々の集まりであり、ヌレエフはその一つである島Gallo Lungoをまるごと買い取った可能性があります。断定できるほどの出典はまだ見つけていませんが、英語wikipediaでのリ・ガリの項では、マシーンもヌレエフも島を買ったという書き方です。それを知らなくても、岩でできた大邸宅よりは島を買うほうがよほど現実性があります。

教養とプルースト熟読と書斎に置きたくないことの関係

第3項は初めて読んだとき、「教養のある人間なら喜んでプルーストを書斎に置くだろうに、なぜ好まない?」と戸惑いました。もっとも、「プルーストを好まない」なら個人の見解の一つとしてありでしょうが、「熟読しながら書斎に置くのを好まない」って、どういう心境なんでしょう。書斎以外で読みたい?それとも書斎以外に保管したい?でもそれと「教養のある」の間に何の関係が?

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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