伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

新倉本が招くヌレエフの誤解(8) - 女性関係

  1. P.203 本性は変わらず、優雅なハーレムへと出かけて(「三日月クラシック」の原文比較2より)
  2. P.248 女性たちは彼に抵抗できず足もとに身を投げ出して(「三日月クラシック」の原文比較2より)
  3. (リー・ラジウィルは)ついに身を任せました
  4. P.152 彼に言い寄ってくる女性をなすがまま(「三日月クラシック」の原文比較5より)

この一覧はすでに記事「迫ったのはどちらか」に書いていますが、一応独立させました。

宿泊先に帰る→風俗に行く

第1項は、2年前に原文を読んだときよりは、新倉真由美訳が生まれた理由を理解できるようになりました。"dans la maison avec l'élégance d'une odalisque"(後宮の女奴隷の優雅さを持ち、家へ)を「後宮の女奴隷の優雅さを持つ家へ)と解釈したのですね。それでも、その解釈を通すために次の無理をしなければならないのは、その解釈に傷がある証拠と思います。

  • 単数形で書かれたodalisqueを女遊びの店にいる商売女にするために、「遊女たち」と複数形にして訳す
  • 原文直訳「劇場は彼を捨てなかった」を「(女狂いの)本性は変わらず」にする

なんだか、odalisqueからハーレムを連想した新倉真由美がその言葉を使うために、théâtre(劇場)の意味も、odalisqueが1人なのも、みな無視したように見えます。

その他の項

他の項はいずれも、代名詞を間違えたとか、使役文をまた間違えたとかいう小さなミス。しかしこんなに続くと、「わざと変えてないか?」という疑念が湧いてくるのも確かです。

なかでも、使役文が3つ連続するP.152。1番目が「言い寄ってくる女性をなすがままにし」、3番目を「世界で押しかけてくる人を自在に操り」になるなら、同じ構文の2番目は「目の前で震え上がる男性を思い通りにし」になるはず。なのに訳本では、2番目だけが正しく「目の前の男性たちを震え上がらせて」。2番目だけ正しく構文解析できるのに他の2つはできないのは、どうも不自然です。

本当は女性関係の噂は少ないヌレエフ

Meyer-Stableyは「ヌレエフとあの有名人が恋愛(肉体)関係に!」というゴシップが好きです。諸説飛び交い、真相は藪の中なフォンテーンについても断言しているくらいです。しかし『Noureev』で相手扱いされた男性は何人もいるのに、女性はわずかにフォンテーンとリー・ラジウィルのみ。他の伝記を読むと、ヌレエフの恋愛関係で取りざたされる人名はもっと増えますが、それでも女性が少ないのは変わらないようです。女性ファンへのセックス・アピールが強くても、それは自分の性的志向とは別ということですね。なのに新倉真由美のヌレエフはなぜこんなに女好きなのか、謎です。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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