伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

新倉本が招くヌレエフの誤解(7) - 批判の的

  1. P.170 それは恐らく彼を最も有名にした要素だろう。(「三日月クラシック」の原文比較1より)
  2. 子どもじみた一面
  3. P.222 パリのデザイナーたちは批判している(「三日月クラシック」の原文比較3より)

一番有名なのは性格の悪さ?

第1項は「三日月クラシック」に文法の説明を書かなかったので、簡単に書きます。比較的簡単な構文で、大学教養過程でフランス語を学習しただけでも読めそうです。

  • 引用した文の主語、つまり「彼の最良の弁護士だった」(a été son meilleur avocat)のは、"Celui qui l'a sans doute le mieux connu"(恐らく彼を最もよく知った者)。その直後に出る名前Nigel Goslingは主語の言い換えです。主語の一部と呼んでも構いませんが、全部ではありません。
  • 主語の"Celui qui ~(節)"は[~である人」。補足説明として前の文に続く"Ce qui ~"(~であること)とは違います。
  • 節の述語は動詞connaître(知る、経験する)の活用形"a connu"。「有名にした」という訳語は無理。

ヌレエフについての説明として最も誰もが口にしそうなのは、「大物ダンサー」だろうと私は思います。また、「パリオペを再興した監督」「エイズの犠牲者」「ゲイ」もありでしょう。ヌレエフの我がままエピソードがそれらをしのぐほど有名とは思えません。新倉真由美が難しくない原文から現実的でない訳文を生み出したのは、自分が『Noureev』で読んだ、あるいは読んだと思い込んだヌレエフの悪行三昧に目がくらんだからではないでしょうか。

その他の項について

第2項で最大のミスは、Meyer-Stableyがヌレエフを呼んだ"bon enfant"が「好人物」というイディオムだと気づかなかったこと。しかし、直訳すると「良い子供」となるこの言葉、辞書を引く前から悪口っぽく見えません。それに、リンク先に書いたように、この言葉が悪口だとすると、後の文とうまくつながりません。しかし新倉真由美にとって、「ヌレエフ、子ども」から連想するのは「子どもじみた」なのでしょう。

第3項は、代名動詞"se disputer"(~を巡って争う)の解釈の問題。もともとdisputer(競う、争う)から派生した言葉であり、代名動詞は「互いに~する」という意味を持つことが多い。「互いに口論する→賛否両論である」くらいの連想なら、それなりに自然と思います。しかし、デザイナーたちが皆そろって特定の対象、この場合はヌレエフを批判するというのは、素直な推測でないように思えます。

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プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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