伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

新倉本が招くヌレエフの誤解(2) - 怒ってばかり

ヌレエフが短気なのは本当のことでしょう。しかし訳本『ヌレエフ』では、怒るヌレエフの描写がやけに多くなっています。

  1. 「魅惑する」が「激怒する」に
  2. P.136 いつも怒り狂い(「三日月クラシック」の原文比較4より)
  3. P.167 人びとに取り巻かれイライラしていた(「三日月クラシック」の原文比較3より)
  4. fruste(粗野な)とfrustré(欲求不満の)

「気が散って苛立ち激怒する」について

1番目の項の強引さは、上に挙げた中でも際立っています。単語の見間違い、能動態と受動態の取り違えは新倉真由美にありがちなので、「気が散って苛立ち」だけなら、またかで済みます(いえ、済まないんですが)。しかし3番目の動詞fascinerを「激怒する」に置き換えるのは、仏和辞書を一度でも引けば決してできないはずです。いえ、引かなくとも、確か高校英単語であるfascinate(魅惑する)に似たfascinerは、意味も同じなのではないかと、私はこの単語を見た時から疑いました。「激怒する」と言い出した新倉真由美の心境は次のどちらだったのでしょう。

  • 「気が散って苛立ち」に続くのだから「激怒する」に違いない。辞書など引くまでもない。
  • 「気が散って苛立ち」に「魅惑する(または魅惑される)」が続くなんてありえない。原著者は間違っている。

どちらにしても、新倉真由美の脳内にある「気が散って苛立ち激怒する」ヌレエフのイメージがいかに強烈かが推察できます。

その他の項について

2番目の項は、frileux(寒さに弱い)をfurieux(怒り狂った)に見間違えるだけなら、翻訳者の水準を満たす語学力と誠意を持った人にでもありうるミスでしょう。しかしその後に続く「温まる(se réchauffer)」という単語をしっかり把握すれば、frileuxの見間違いに気づくことにつながったかも知れません。1番目の項と同じく、怒り狂うヌレエフの強烈なイメージが、原文そっちのけで「ほとぼりを冷ます」という言葉を生み出したのでしょう。

3番目と4番目は最初の2つに比べると普通ですね。新倉真由美が「~させる」という文に弱いのは3番目の項だけではないし、4番目は確かに2つの単語は似ています。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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