伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

実は大っぴらな接触を避けていたヌレエフ

『ヌレエフ』P.71:
彼らは終演後に夕食に誘ってくれ、もちろん喜んで応じました」
ルドルフはイライザ役を務めていたアメリカ女優ローラ・フィッシャーと約束を交わし、滞在先のホテルで団員たちと共に数時間を過ごした。
Meyer-Stabley原本:
Les Américains m'invitèrent en retour à venir souper avec eux. J n'osai pas y aller. »
Rudolf réussit pourtant à nouer le contact avec Lola Fisher, l'actrice américaine jouant le rôle d'Eliza Doolittle, et à partager quelques moments avec la troupe américaine à son hôtel.
Telperion訳:
アメリカ人たちはお返しに、これから一緒に夜食に取ろうと招待してくれた。私は思い切って行くことはしなかった」
しかしルドルフは、イライザ・ドゥーリトル役を演じたアメリカの女優ローラ・フィッシャーに接触し、そのホテルでアメリカの一座と少しの時間を共にすることに成功した。

ヌレエフがキーロフにいた時代、ブロードウェイの劇団がソ連で「マイ・フェア・レディ」を上演し、ヌレエフがバラの花を団員たちに贈った後のこと。

一介の若いソリストだったヌレエフは、さすがに周囲の目を無視できないのか、西側の人間と一緒に食事するほど深く交際するのは避けた。しかしやはり仲良くしたく、別の機会を設けるという、揺れ動く心理が書かれている。

ところが新倉本では、ヌレエフの遠慮が雲散霧消した。

  1. 「あえて行きはしなかった(J n'osai pas y aller)」という否定文が「喜んで応じました」という肯定文になる
  2. 結局は劇団員と交流したことを述べる文にある「しかし(pourtant)」が抜ける
  3. 劇団員と過ごしたわずかな時間(quelques moments)が「数時間」になる

1つ1つは小さなケアレスミスと呼んでもよい。しかしこの短い文のなかで立て続けにこれらが起き、そのどれもが「ヌレエフはブロードウェイ劇団員と食事をした」という結論に結び付くのには注目してしまう。これは不注意さの一例というより、「周囲のことなど無視して自分の好きなように振る舞うヌレエフ」という新倉真由美が思い描くヌレエフ像が、Meyer-Stableyの原文を押しのけた一例だと思う。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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