伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフは席から踊りを見ていた

『密なる時』P.97:
やがて訪れた人生最後の数週間、彼は踊ることを切望していた創作作品への意欲を抱きながら楽屋で横になっていた。
プティ原本:
Enfin les dernières semaines de sa vie, il allait, allongé dans une loge, assister curieux aux créations qu'il aurait aimé danser.
Telperion訳:
とうとう生涯最後の数週間、彼はボックス席で横になりながら、自分が踊りたかったであろう創作を旺盛な好奇心で見るために出かけていた。

ヌレエフは踊りを見に行った

分かりやすさのためにいくつかの語句を省いた後に残るこの文の根幹は、"il allait assister aux créations"(彼は創作を見物しに出かけた)。

  • "aller ~(動詞の不定詞)は「~しに行く」
  • "assister à ~(物)"は「~を見物する」

原文と新倉文を照らし合わせると、どうやら新倉真由美はassisterを「訪れた」と訳したように見える。assisterの動作主は「彼」(il)であり、人生最後の数週間ではないのだが。

楽屋でなくボックス席にいた

ヌレエフが横になっていた場所であるlogeは、バレエ関連では「楽屋」または「ボックス席」。この文ではヌレエフが創作を見物する場所なのだから、ボックス席が妥当。ダンサーがせいぜい休憩や支度しかしない楽屋では、創作を見物できない。

他ダンサーの公演に無関心な新倉版ヌレエフ

ヌレエフにとって他のダンサーたちが踊るのを見るのが喜びだったことは、引用した文からも分かるし、その前後からもうかがえる。

唯一彼を魅了していたのはダンサーたちであり (新倉真由美訳、引用のひとつ前の段落より)
ダンサーたちを見に行くために一度たりともそこから出ていく体力は残されていなかった (新倉真由美訳、病院から出られなくなった後)

これに対して、ここでの新倉真由美のヌレエフは自分が踊ることしか考えていない。他のダンサーたちの踊りが見えない楽屋で、自分が踊れないのに意欲を燃やしながら横になるという描写は、何とも暗い。

更新履歴

2014/6/22
  • 訪れたのが数週間でなくヌレエフだという説明をほぼ削除
  • 「他ダンサーの公演に無関心な新倉版ヌレエフ」を追加
2016/12/12
新倉真由美の同様の誤訳例を削除

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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