伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

鑑賞に来た病の友とは客席で話すのが自然

『密なる時』P.96:
招待客たちが帰っていった後、楽屋の中には私たち2人だけが残された。
プティ原本:
Après que ses invités se sont retirés, nous restons seuls dans sa loge.
Telperion訳:
彼の客が引き上げた後、私たちだけがボックス席に残った。

すでに逝去が近づいていたヌレエフが友人たちとともにプティのバレエ公演を見に来た。プティが公演後にヌレエフを訪れたときのこと。

楽屋でなくボックス席

logeはバレエ関連の言葉としては「楽屋」「ボックス席」の意味でよく使われる言葉。この文で、2人が残ったのは"sa loge"(彼のloge)。観客としてやって来たヌレエフの楽屋は劇場にないだろう。だからここでのlogeは「ボックス席」の意味になる。実際、ヌレエフはbaignoire(1階のボックス席)にいたということが少し前に書かれている。

当時のヌレエフに場所を替えるのは負担

このエピソードは章「1992年10月10日」の冒頭を飾る。観劇したのと同じ日かどうかは分からないが、この日はヌレエフ版「ラ・バヤデール」全幕が初演された数日後で、『ヌレエフ』P.304によるとヌレエフがサン・バルテルミーに静養しに行った日。ヌレエフの病気はかなり重くなっていたのだから、いくら小康状態だったとしても、わざわざヌレエフの座席からプティの楽屋に移動はしないと思う。そういうわけで、訳文には少しばかり違和感を持った。

更新履歴

2016/12/12
諸見出しの手直し

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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