伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

étoileは女性とは限らない

『ヌレエフ』P.43:
巨匠の周りには権威ある輝かしいダンサーが名を連ねていた。プリマバレリーナには、ソコロヴァ、ニキティナ、トレフィローヴァ、クシェシンスカ、プレオブラジェンスカ、ゲルトなどがいた。
Meyer-Stabley原本:
Autour du maître se constitue l'une des plus prestigieuses troupes de l'histoire de la danse, troupe foncièrement russe dont les étoiles ont pour nom Sokolova, Nikitina, Trefilova, Kchessinska, Preobrajenska, Guerdt.
Telperion訳:
主の周りには舞踏史上最もそうそうたる一団の1つ、本質的にロシアの一団が作られた。そのスターたちの名を挙げると、ソコロワ、ニキティナ、トレフィロワ、クシェシンスカヤ、プレオブラジェンスカヤ、ゲルトである。

ここで言うmaître(巨匠、主)、マリウス・プティパとつながりがあり、マリインスキー・バレエの歴史に名を残すゲルトといえば、プティパが振り付けたチャイコフスキー作曲三大バレエすべてを初演したことで知られるパーヴェル・ゲルト。名前から分かるように男性。挙げられた名前の中で男性が1人だけとはいえ、「プリマバレリーナにはゲルトがいた」とは言わないと思う。

原本に出る名前をいちいち調べるのは必須ではないだろう(もっとも、Meyer-Stableyはよく人名を間違えるので、調べたほうが安心できる)。しかし、étoileは女性名詞ではあるが、女性だけを指す言葉ではないのは、仏和辞書を引くだけでも分かる。ロシアのバレエの歴史に通じていなくても、étoileを辞書通り「スター」と訳せば済む話だった。

同種の例

étoileが「プリマ・バレリーナ」になったために変な文になった例は、「三日月クラシック」に2つ取り上げられている。どちらもétoileは本当はヌレエフを指している。

また、性別は問題ないし、誤訳だとも言わないが、以下の部分も違和感を覚える。

『ヌレエフ』P.198:
プリマ・バレリーナだったクレール・モット
Meyer-Stabley原本:
l'étoile Claire Motte

パリ・オペラ座バレエのエトワールを「プリマ・バレリーナ」と紹介するのは一般的でないと思う。モットがエトワールだったことは、『密なる時』の訳注(P.83)で新倉真由美が自ら書いている。

おまけ - ここで挙げられたダンサーたち

日本語wikipediaに項がある
  • マチルダ・クシェシンスカヤ(Mathilde Kschessinska)
  • パーヴェル・ゲルト(Pavel Gerdt)
英語wikipediaに項がある
  • ヴェラ・トレフィロワ(Vera Trefilova)
  • オリガ・プレオブラジェンスカヤ(Olga Preobrajenska)
ロシア語wikipediaに項がある
  • エフゲーニャ・ソコロワ(Евгения Соколова)
  • ヴァルヴァラ・ニキティナ(Варвара Никитина)

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プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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