伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

いちゃついたのは一晩中でなくパーティの間

『ヌレエフ』P.166:
ルドルフは一晩中招待客の一人と人目も憚らずいちゃついていました。
Meyer-Stabley原本:
Mais toute la soirée Rudolf flirta ouvertement avec un invité.
Telperion訳:
しかしパーティの間中、ルドルフは客の1人と大っぴらにいちゃついていました。

フランコ・ゼッフィレッリがヌレエフを含めた招待客の夕食をレストランで手配したときの目撃談。

「夜」でなく「パーティ」と解釈するべき理由

問題なのは、"toute la soirée"( soirée全体)の解釈。仏和辞書にあるsoiréeの意味は次の3つ。

  1. 日没から就寝までの夜
  2. 夜のパーティ
  3. 夜の公演

この場合、夜の公演は問題外なので、単なる夜か、それとも夜のパーティかのどちらかになる。次の理由から、ここでは「パーティ」だと推測できる。

  1. ゼッフィレッリが企画したのは単なる夕食会であり、オールナイトなパーティではない。
  2. この後、他の客たちはゼッフィレッリの別荘に帰る一方、ヌレエフは暗闇に残った。一晩経った後なら、もう明るいはず。
  3. さらにその後、すでに戸締りがすんだ別荘にヌレエフが遅れて帰ったことが語られる。別荘に入れなかったヌレエフは怒って大暴れし、ゼッフィレッリに別荘から追い出される。だからこの目撃者がヌレエフを一晩中観察できたとは思えない。

たとえsoiréeがパーティでなく夜の時間を指すとしても、「soirée全体」と「一晩中」は同じでないだろう。先ほど書いたように、soiréeは就寝前に限定されるが、日本語の「一晩中」は夜明けまでを指すことが多いのだから。

談話主はゼッフィレッリの客だった

訳本ではこの話をしたのが誰かをまったく書いていないが、原本には談話の前にこう書かれている。

Meyer-Stabley原本:
L'un des invités, lui, s'en souvient :
Telperion訳:
客の1人がそのことを覚えている。

この人物はゼッフィレッリと共に行動する立場なので、ヌレエフのそばに一晩中居続けはしなかっただろうと推測できる。

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2016/5/13
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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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