伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフの財団とヌレエフの名

『密なる時』P.62-63:
ヌレエフは金銭に執着することもなく、並外れたケチではなかった。むしろ貯金するのを覚えてからは、数々の契約から得られる収入の多くを基金につぎ込むようになった。それは彼に名声をもたらし、芸術の世界のみならず社会的な援助活動を実現させていった。それは美しいバレエを学ぶチャンスのない若きダンサーたちの夢をかなえたのをはじめ、あらゆることを可能にしていった。
プティ原本:
Rudolf n'était pas près de ses sous pour s'asseoir dessus, mais plutôt parce qu'il savait depuis ses premières économies que tous les revenus de ses nombreux contrats seraient versés à la fondation qui portait son nom et mettraient ainsi en mouvement une aide artistique aussi bien que sociale pour permettre aux jeunes danseurs dépourvus d'avoir une chance d'apprendre la belle danse, celle qui permet d'accomplir toutes les autres.
Telperion訳:
ルドルフが金を出し惜しみしたのは、その上に座り込むためではない。それよりむしろ、最初の貯金以来、数多い契約の収入が自分の名を冠した財団にすべて注がれるということ、こうして芸術上ならびに社会的な援助を推進させるということを知っているからだった。この援助により、若くチャンスがないダンサーが美しいダンスを学べるようになり、他のすべてをなしとげられるようになった。

プティが最初に否定したこと

先頭の否定文「ルドルフは上に座るためにけちだったのではない」(Rudolf n'était pas près de ses sous pour s'asseoir dessus)の後の"mais ~"は、「そうではなくて~である」という意味。maisに続くのは原因を示す"parce que ~(節)"(~なので)だから、maisの前で否定しているのは「けちだった」(était près de ses sous)の部分でなく「上に座るため」(pour s'asseoir dessus)の部分だと解釈するほうが、ある理由を否定し、別な理由を唱えるという自然な文になる。それに、ヌレエフが人に金をやるのをひどく嫌がったことは、『ヌレエフ』第11章や『Nureyev: The Life』(Julie Kavanagh著)あたりで書かれている。

"s'asseoir dessus"は文字通りには「上に座る」で、その前で使われているイディオム"être près de ses sous"(ひどく金に細かい、けちだ)の文字通りの意味は「彼の金の近くにいる」。だから私は金の上に座り込むのをイメージした。しかし、"s'asseoir dessus"は「気にしない」というイディオムとしても使われる。これを採用して「(周りの人間を)歯牙にもかけないために」と解釈することもできるかも知れない。

ヌレエフがケチな理由

"parce que"に続く節、つまりヌレエフがけちだった理由とは、"il savait depuis ses premières économies que ~"(彼が最初の貯金以来、~であることを知っていた)。"ses premières économies"(彼の最初の貯金)は前置詞depuisが付くので、述語savaitの目的語、つまりヌレエフが知ることではない。

queの後にある節、つまりヌレエフが知っていることを指す文はとても長い。主語は"tous les revenus de ses nombreux contrats"(数多い契約の収入すべて)。三人称複数名詞なので、その述語は三人称複数の活用形だということを念頭に置くと、主語に続く部分は2つあることが分かる。

  • seraient versés à la fondation qui portait son nom(彼の名を持つ財団に向けられる)
  • mettraient ainsi en mouvement une aide artistique aussi bien que sociale(芸術上ならびに社会的な援助を動かす)

その後、"pour permettre"以降で援助について説明している。その部分の構文解釈には迷いが残っているが、いずれにしても「若いダンサーがバレエを学ぶなどの道を開く」という大意は変わらないと思う。

ヌレエフの名と財団

財団を修飾する"qui portait son nom"を新倉真由美は「彼に名声をもたらし」と訳しているが、「彼に」にあたる言葉は原文にない。それにヌレエフ自身のほうが財団より有名なので、「財団がヌレエフに名声をもたらした」は明らかに事実でない。"portait son nom"(彼の名前を持っていた)は文字通り、財団にヌレエフの名が付いていることを指す。

原文で財団は単数形(la fondation)だが、ヌレエフの名を持ち、ヌレエフの財産を引き継いだ財団は2つある。1つは、1975年にヨーロッパで"Ballet Promotion Foundation"の名で設立され、1994年に今の名に改名した"The Rudolf Nureyev Foundation"。もう1つは、アメリカで1992年に設立された"Rudolf Nureyev Dance Foundation"。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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