伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ジェラルド・リヴェラの夢想が実体験のような扱い

『ヌレエフ』P.182:
「もし私がホモセクシュアルな関係を持ったとしたら、それはその夜拒んだのにも拘らず、ルドルフ・ヌレエフとミック・ジャガーと行われたことでした」
Meyer-Stabley原本:
« Si j'avais dû faire une expérience homosexuelle, admet-il toutefois, malgré son refus, ce serait arrivé ce soir-là, avec Rudolf Noureev et Mick Jagger. »
Telperion訳:
しかし彼は拒否したにもかかわらず認める。「もし私がホモセクシャルな体験をしなければならなかったのなら、それはこの夜ルドルフ・ヌレエフとミック・ジャガーとの間で行われただろう」

アメリカの芸能人ジェラルド・リヴェラによる、ヌレエフとミック・ジャガーに誘うそぶりをされたが逃げ出したという回顧。出典は原本の参考文献一覧にあるジャガーの暴露本『Jagger Unauthorized』(Christopher Andersen著)で、邦訳本『ミック・ジャガーの真実』(小沢瑞穂訳)にもある。

実際にあったことではない

リヴェラが語ったのは過去の事実に反する仮定、つまり実際には行われなかったことだというのは、次の2点から分かる。

  1. 従属節"Si j'avais dû faire une expérience homosexuelle"(もし私がホモセクシャルな体験をしなければならなかったのなら)の述語"avais dû"の時制が直説法大過去
  2. 主文"ce serait arrivé ce soir-là"(それはこの夜行われただろう)の述語"serait arrivé"の時制が条件法過去

「拒んだにもかかわらず」に続くのは「行われた」でなく「認める」

"malgré son refus"(彼の拒否にもかかわらず)は直前の説明文"admet-il toutefois,"(しかし彼は認める)に関するものであり、リヴェラの談話ではない。もしリヴェラが語ったなら、"malgré mon refus"(私の拒否にもかかわらず)となるはず。

リヴェラの真意と新倉真由美訳の印象

つまりリヴェラは、「あのとき拒否したからホモセクシャルな体験はしたことがないけれど、どうしてもしなければいけないならあの晩やったろう」と言っている。

しかし新倉真由美の「拒んだにも拘らず行われたことでした」は、嫌がるリヴェラにヌレエフとジャガーが行為を強要したような言い方。この言い方に引きずられて、「もし私がホモセクシュアルな関係を持ったとしたら」は実際にはなかったことの仮定でなく、そのような関係を持ったことを認めたくないゆえの表現に見える。

更新履歴

2014/1/21
小見出しや箇条書きの導入を始めいろいろ追記

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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