伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフ招待へのジェイン・ハーマンとプティの思い

『密なる時』P.70:
契約が交わされ、私はこのシーズンは成功するだろうという予感に包まれていた。ある日ジェーン・ハーマンが微笑みながら私のところにやって来て、ぜひヌレエフを招待して『ノートルダム・ド・パリ』のカジモド役を2、3回踊ってもらいたいと言った。それは我々のニューヨーク滞在に余計な波紋をもたらすことになるかもしれない。何かと取り沙汰されてしまう危険性もある。踊り手はすでに決まっているのだ。
プティ原本:
Le contrat signé, j'envisageais cette saison avec bonheur, quand Jane Hermann m'annonça souriante qu'elle aimerait bien inviter Noureev à danser deux ou trois soirs Quasimodo dans Notre-Dame de Paris, cela serait un plus qui apporterait un éclat supplémentaire à notre séjour new-yorkais. Que de problèmes en vue, le rôle était déjà distribué.
Telperion訳:
契約書が署名され、私がこのシーズンを幸せな気持ちで思い描いていたその時、ジェイン・ハーマンが微笑みながら私に告げた。ヌレエフを招待し、「ノートルダム・ド・パリ」のカジモドを2、3夜踊ってもらえればとても嬉しい、私たちのニューヨーク滞在にさらなるきらめきが加わることになるだろう、と。どんなに多くの問題が目前にあることか、もう配役してしまったのだ。

ヌレエフを招待したいジェイン・ハーマン

ヌレエフの招待がプティたちのニューヨーク滞在にもたらすとされるéclatは、「輝き、華々しさ、大音響、爆発」などの意味がある。これだけでだといい意味なのか悪い意味なのか、よく分からない。原文でéclatを修飾するsupplémentaireは「追加の、補足の」であり、この単語自体にネガティブな意味はない。

éclatが悪い意味の場合
関係節"qui apporterait un éclat supplémentaire à notre séjour new-yorkais"を一部日本語にした「私たちのニューヨーク滞在に追加のéclatをもたらす」は、「ただでさえ厄介ごとであるプティの滞在にさらなる厄介ごとを加える」という意味になる。これはプティの感想としても、プティを呼んだメトロポリタン・オペラのジェイン・ハーマンの感想としても、とてもありそうにない。
éclatがいい意味の場合
上記の関係節は「輝かしいプティたちの滞在をさらに輝かせる」となる。これはヌレエフを招待したいハーマンの意見としてぴったり。

それに、この関係詞が修飾する"un plus"には「プラスになること」という意味がある。したがって、"cela serait un plus qui apporterait un éclat supplémentaire à notre séjour new-yorkais"(それは私たちのニューヨーク滞在に追加の輝きをもたらすプラスなことになるだろう)とは、その前の"elle aimerait bien inviter Noureev"(ヌレエフをとても招待したい)と同じく、ハーマンの表明と取るべき。"notre séjour new-yorkais"(私たちのニューヨーク滞在)とあるのは、ハーマンの言葉を間接話法で書いているからで、ハーマンが実際に口にしたのは「あなた方のニューヨーク滞在をさらに輝かせることでしょう」だろう。

ヌレエフを招待したくないプティ

引用部分においてプティの不賛同を表す文は、最後の"Que de problèmes en vue,"で始まる文だけ。"Que de ~(無冠詞名詞)"とは、「なんと多くの~だろう」という感嘆文。"en vue"は「見えるところに、目前に」といった意味。確かにプティはヌレエフの参加がトラブルになると思っているが、「何かと取り沙汰されてしまう」はプティの言葉「目の前の多くの問題」の言い換えではなく、新倉真由美の想像に見える。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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