伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフが性欲にかけるわずかな時間

『密なる時』P.29:
彼の性的欲望は、素早く巧みに満たされ、まるで手を洗うように淡白で衛生的であり、激情に身をやつすことはほとんどなかった。
プティ原本:
Ainsi sa sexualité, accomplie vite fait bien fait, hygiénique comme on se lave les mains, ne lui prenait que peu de temps de sa vie bouillonnante.
Telperion訳:
こうして彼の性欲はてきぱきと完遂され、手を洗うように衛生的で、彼にとってはたぎるような人生のうちわずかな時間しかかからなかった。

目的語が時間のとき、動詞prendreは「(時間を)かける」という意味になる。ここで「時間」に当たる語句は"peu de temps de sa vie bouillonnante"(彼のたぎるような人生のわずかな時間)。さらに"ne A(動詞) que B"(BしかAでない)という構文を使うことで、ヌレエフがかける時間の少なさを強調している。この文ではあくまで時間を話題にしており、その際に激情があるかどうかには触れていない。

プティは少し前(『密なる時』P.28)で、「ヌレエフ(原文ではRudolf)にはロマンチックな情熱に費やす時間はなかった」と書いている。ヌレエフにとって性欲を満たすのが感動を伴う行為でないらしいというのは、実際にプティの考えなのだろう。だからこのままでもプティの考えが大きく誤解されるわけではない。ただ、Meyer-Stableyが『Noureev』でこの文を一部パクっており、その部分を別の記事で取り上げたいので、出典となるこの文の対訳を用意しておきたかった。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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