伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフはリー・ラジウィルの誘惑に受け身

『ヌレエフ』P.248:
リーはこのロシア人を必死で誘惑しついに身を任せました。
Meyer-Stabley原本:
Lee a tout fait pour séduire le Russe et il a fini par succomber,
Telperion訳:
リーはあらゆる手を尽くしてロシア人を誘惑し、彼はついに屈しました。

ジャクリーン・ケネディの妹リー・ラジウィル(Lee Radziwill)とヌレエフについての匿名の談話。

「ついに屈した」(a fini par succomber)のはil(彼)、つまりヌレエフ。リーならilでなくelle(彼女)になるし、この場合は前の文の主語でもあるので代名詞を省いて"et a fini ~"と書かれるかも知れない。

つまり、ヌレエフがリーと肉体関係を持ったとしても、それはリーに押し負けたから。しかし「リーが身を任せた」では、ヌレエフからもリーを求めたように見える。

もしかすると、新倉真由美にとって「女が身を任せた」は単なる肉体関係の成立を指すに過ぎず、「まず男が女に体を求め、女が許した」という前提はないのかも知れない。しかし「女が身を任せた」はそういう前提が強い言葉だと思う。

新倉真由美が創作した女性関係の数々

Meyer-Stableyはヌレエフをワガノワ時代から女性に無関心と断じている(Diane SolwayやJulie Kavanaghが著した伝記を読む限り、その見解は正しくなさそうだが、ここでは深入りしない)。女性と関係があったとしても、それは女性側からのアタックによると見なしている。

ところが新倉真由美は、ヌレエフが女性とも積極的に肉体関係を持ちたがったような文を何度も創作している。

「三日月クラシック」の原文比較2より
P.203 遊女たちがいる優雅なハーレムへと出かけ
P.248 女性たちは彼に抵抗できず足もとに身を投げ出していました
「三日月クラシック」の原文比較5より
P.152 彼に言い寄ってくる女性をなすがままにし

そして今回の例。私にはまたヌレエフが女たらしにされたように見える。

2014/2/17
今回の例と過去の例の記述を分ける

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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