伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

キーロフで最初に踊った「白鳥の湖」はパ・ド・トロワ

『ヌレエフ』P.64:
一九五八年九月二五日、ルドルフ・ヌレエフはキーロフ劇場でニーナ・ヤスロレボヴァ(原文ママ)、ガリーナ・イワノワと“白鳥の湖”を踊ってデビューした。
Meyer-Stabley原本:
Le 25 septembre 1958, Rudolf Noureev fait ses débuts au Kirov en dansant le pas de trois du Lac des cygnes avec Nina Yastrebova et Galina Ivanova.
Telperion訳:
1958年9月25日、ルドルフ・ヌレエフはキーロフでデビューし、ニーナ・ヤストレボワ、ガリーナ・イワノワと「白鳥の湖」のパ・ド・トロワを踊った。

この後、「しかし本当に脚光を浴びたのはナタリア・ドゥジンスカヤと『ローレンシア』を踊った時だった」という意味の文が続く。脚光を浴びたのが「白鳥の湖」のときでなかったのは、「白鳥の湖」では主役でなかったから。しかし訳本では"le pas de trois du"が訳されていないので、「白鳥の湖」でも主役だったが、出来がいまいちだったとも受け取れる。共演した女性ダンサーが2人なので、踊ったのがパ・ド・トロワだと推察できないわけではない。しかしパ・ド・ドゥーの相手が不測の事態で交代したという想像もできる。やはり「パ・ド・トロワ」とはっきり書いたほうが分かりやすい。

なお、ルドルフ・ヌレエフ財団サイトでは、このパ・ド・トロワはヌレエフが正規のキーロフ団員になる前のこととして扱われている。財団の見解では、ヌレエフが正規のソリストとしてデビューしたのはドゥジンスカヤとの「ローレンシア」。

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バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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