伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

プティが金銭的な負担を度外視できるはずがない

『密なる時』P.17:
しかしその活躍のどれひとつをとっても、私の経済的な懸念とは、なんとかけ離れていたことだろう。首尾よく金策するコツをつかんで新しいバレエ作品の創作が可能になれば、私のバレエ団の成功に弾みをつけることになるのだが、すべては金銭的な負担を度外視して行われていたので、それに対する心配は終始私に取りついたままだった。
プティ原本:
Comme tout cela était loin de mes préoccupations financières, de mon souci permanent de trouver les astuces qui me permettent de créer les nouveaux ballets qui feraient rebondir le succès de ma compagnie.
Telperion訳:
私の財務上の懸念、私のカンパニーの成功に弾みをつけるだろう新作バレエを創作できるようにする妙案を見つけることへの絶え間ない気がかりから、何もかもどれほどかけ離れていたことか。

バレエ・ダンサーとしてはありえないレベルの社会現象になったヌレエフをわが身と比べるプティ。

原文の中心的な部分は前半のここまで。

Comme tout cela était loin de mes préoccupations financières, de mon souci permanent
(私の財務上の懸念、私の絶え間ない気がかりから、すべてはどれほどかけ離れていたことか。)

以降の部分は、プティの気がかりの内容。

de trouver les astuces qui me permettent de créer les nouveaux ballets qui feraient rebondir le succès de ma compagnie
(私のカンパニーの成功に弾みをつけるだろう新作バレエを創作するのを許す妙案を見つけることの)

私には上の内容すべてを分かりやすく並べた訳を作れなかったので、最初に提示した全訳は直訳のままになっている。「気がかり」を修飾する「私のカンパニーの~絶え間ない」が長すぎて、うっとうしいことこの上ない。だから、新倉真由美が直訳を避けるべく奮闘しているのを、私はとやかく言える立場にいない。

しかしひとつだけ、新倉真由美の文で見過ごせない部分がある。「すべては金銭的な負担を度外視して行われていたので」。これに対応する原文はない。しかも実際にもありえそうにない。

新倉真由美の文にある二通りの財務状態

新作バレエの創作にかかる費用をすべて後払いできるとは思えない。自分の財産であれ、誰かからの融資であれ、まずは上演にこぎつけられるだけの金を用立てなければならない。だからプティはそのための妙案探しに頭を悩ませている。原文中の" feraient rebondir le succès"(成功に弾みをつけるだろう)が条件法の時制で書かれているのは、その成功が現実のものでないから。

金策に苦労するバレエ団の面影は、新倉真由美の文にも残っている。

首尾よく金策するコツをつかんで新しいバレエ作品の創作が可能になれば、私のバレエ団の成功に弾みをつけることになる

まだ創作が可能になっていないような言い方。ところが、次の文はその状態と合わない。

すべては金銭的な負担を度外視して行われていたので、それに対する心配は終始私に取りついたまま

まるでプティのバレエ団が放漫経営で、プティが財務破綻を心配しているかのよう。しかしこの場合、新作バレエの創作はすでに可能なはず。

更新履歴

2014/9/23
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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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