伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

感情のせめぎ合いは決して収束しなかった

『ヌレエフ』P.151-152:
感情的な戦争にも似た思いは彼らの再会と共に収束したが、結局二人は会うごとに少しずつ距離を広げることになってしまった。
Meyer-Stabley原本:
Une sorte de guerre émotionnelle finit par entourer leurs retrouvailles, avec pour conséquence de les éloigner un peu plus à chaque fois.
Telperion訳:
一種の感情の戦争は2人の再会に影を落とすようになり、毎回少しずつ2人を離していく結果になった。

1960年代前半のヌレエフとエリック・ブルーンの関係。この文の前では、年齢的にキャリアのピークを過ぎたブルーンがヌレエフと我が身を比べて苦い思いだったことが書かれている。

戦いは威力を増した

この文の述語は"finit par"(最後に~をする、結局~になる)。parの後には動詞の不定詞が続き、最後に行われたことを説明する。

この文で"finit par"の後に続くのは"entourer leurs retrouvailles"。動詞entourerの基本的な意味は「取り囲む」で、「励ます」という意味になることもある。この場合は「取り囲む」のほうが適している。

  • 「感情の戦いが彼らの再会を励ます」では、どういうことなのか想像しにくい。
  • 引用部分はヌレエフとブルーンの恋愛関係が終わったという説明の一部。「感情の戦いが彼らの再会を取り囲む」なら、2人が再会しても苦しい気持ちが先に立ったという意味だと受け取れる。

新倉真由美は"finir par"を単なるfinir(終わる)としたのだと思う。それに合わせて"par entourer"を「~と共に」にしたのだろうが、この解釈は無理すぎる。

戦いの結果である別離

文の後半、つまり"avec pour"以降から文末まででは、2つの前置詞が連続する"avec pour"の解釈が難しい。残念ながら、納得のいく説明を辞書で見つけることはできなかった。しかしその後に"conséquence de les éloigner un peu plus à chaque fois"(毎回少しずつ彼らを遠ざけるという結果)が続くので、前半で書かれた感情の戦争の結果、ヌレエフとブルーンが離れたのだと推測できる。

新倉真由美の訳はだいたい私と同じだが、ただ一つ、「結局」には首をかしげてしまう。「結局」は「いろいろあったけれど最後には」ということなので、2人の感情の戦争は単に先行したことの1つに過ぎない。ただでさえ新倉真由美は感情の戦争を収束させてしまったのに、この上「結局」が続くと、ますます感情の戦争は別離の原因にならなかったように見える。

更新履歴

2014/10/17
文の後半についても長く言及

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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