伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフのフランス語と英語の能力

『密なる時』P.80:
私は奇跡を目の当たりにして度肝を抜かれてしまった。フランス語がおぼつかず、それよりややましな英語を話し、どの国の言語でも正しく書くことのできないダンサーが、専門分野に造詣の深いインテリへと見事に変身したのであった。
プティ原本:
et je vis ô miracle le danseur qui parlait mal le français et à peine mieux l'anglais et de ce fait ne pouvait écrire corretement dans aucune de ces langues, se transformer en clerc, et se montrer savant en la matière.
Telperion訳:
そしてなんという奇跡、フランス語を話すのが下手で、英語を話すのはフランス語よりかろうじて上で、その結果これらの言語のどちらでも正しく書けないダンサーが、その件に関して博学に変身するのを私は見た。

83年にヌレエフと絶交して以来5~6年ぶりに和解し、ヌレエフが自分との契約書を書き上げるのを見守るプティ。

書くのが苦手だった言語

ヌレエフが正しく書けない言語は"ces langues"(これらの言語)、つまり直前で触れられているフランス語と英語。ces(これらの)を見落としたという単純なミスだが、その結果、ヌレエフはネイティブなのにロシア語やタタール語も正しく書けないという、いささか気の毒な記述になっている。多分プティはロシア語まで通じてはおらず、フランス語と英語以外の語学力は論評しないはず。

得意になった分野

プティはヌレエフの博識ぶりを述べるために、文字通りには「書生に変身し、その問題について博学な自分を示す」"se transformer en clerc, et se montrer savant en la matière"と書いている。これはイディオム"ne pas être clerc en la matière"(文字通りには「その問題について書生ではない」、転じて「その問題については知らない」)のもじり。その問題とは、すぐ前で書いている語学力のことだろう。絶交している間にヌレエフの作文能力が向上していてもおかしくない。

ヌレエフの専門分野といえばやはりバレエが第一なので、語学力を専門分野と呼ぶのには私は抵抗がある。向上したとはいってもヌレエフはまだ間違いを連発しているらしいし。また、1950年代からプロだったヌレエフが、1980年後半にやっとバレエの造詣の深さをプティに認められるというのも、まずないだろう。

2014/3/6
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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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