伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

命を燃やすのと情熱の奴隷になるのとの対比

『密なる時』P.30:
こうして表向きには成功や富、容易な征服を次々と積み上げていく陰で、あますところなく命を燃やしていたヌレエフは、彼の人生に土足で踏み込んでくる情熱の奴隷になっていた。
プティ原本:
Ainsi sous les aspects superficiels d'un homme qui brûle sa vie par les deux bouts, en amoncelant succès, fortune et conquêtes facile, Rudolf était esclave de la passion qui squattérisait sa vie.
Telperion訳:
こうして、成功、富、容易な征服を積み上げながら命を過剰に燃やす人間という表面的な見かけの下で、ルドルフは自分の人生に侵入する情熱の奴隷だった。

関係節"qui brûle sa vie par les deux bouts"(命を過剰に燃やす)も、ジェロンディフ"en amoncelant succès, fortune et conquêtes facile"(成功や富、容易な征服を積み上げながら)も、「人間の表面的な外観」(les aspects superficiels d'un homme)でいう人間について説明している。つまりプティにとっては、命を燃やすことも成功などを積み上げるのと同じく、ヌレエフの表面的な姿。プティにとってヌレエフの本質とは、そういう表面的な姿の下にある、"esclave de la passion qui squattérisait sa vie"(彼の人生に侵入する情熱の奴隷)。

引用部分の先頭で「こうして」(ainsi)とあるので、「命を過剰に燃やす」はその直前で書かれているヌレエフの性欲を指すと考えられる。一方、引用部分の最後に「人生に侵入する情熱」に触れた後、ヌレエフが踊りにかける情熱が書かれるので、「人生に侵入する情熱」は踊りへの情熱だと察しが付く。

新倉真由美の訳文では、「命を過剰に燃やす」が表向きの姿でなくなったため、「人生に土足で踏み込んでくる情熱の奴隷」と同格の扱いになっている。「情熱の奴隷になっていた」とは「命を燃やしていた」の言い換えだと解釈する余地すらある。もっとも、この後に踊りへの情熱が書かれるのは原本も訳本も同じなので、プティが引用部分でも踊りへの情熱に触れていることは、訳本からも多分分かると思う。しかし、片方は表面的な側面、もう片方は隠れた本質だという明確な区別は、訳本からは失われている。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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