伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

不発に終わった情事の裏付け探し

『密なる時』P.45:
数ヵ月後、私は同じホテルに行った。そして植え込みや茂みや囲い、草が生い茂ったところ、さもなければ車で周辺を囲まれている草むらなどを探してみた。
プティ原本:
Je suis quelques mois plus tard descendu au même hôtel, j'ai cherché vainement le bosquet, peut-être quelques arbustes, un treillage, quelque chose d'un peu touffu, eh bien rien, sinon un petit buisson autour duquel tournaient les automobiles.
Telperion訳:
数ヵ月後、私は同じホテルに泊まり、植込み、もしかすると数本の低木、格子造り、少し茂った何かを探したが徒労だった。いやはや、何もない、車が曲がるときぐるりと周る小さなやぶ以外は。

ヌレエフに「ホテルを出て、湖のそばの茂みで愛し合った」と打ち明けられたプティは、数か月後にその場所を探した。しかし結果は芳しくなかった。

  • 「探した」(j'ai cherché)の直後にいきなりvainement(無駄に、空しく)と書いてある。
  • 探した茂みと言えそうな場所を列挙した後で"eh bien rien"(いやはや、何もない)と重ねている。

唯一プティが見つけた茂みらしき場所は、sinon(~を除いて)の後に書かれたこれ。

un petit buisson autour duquel tournaient les automobiles
  • autour duquel"以降は関係節で、先行詞"un petit buisson"(小さな茂み)が次のような場所だと説明している。
    Les automobiles tournaient autour de un petit buisson. (自動車が小さな茂みの周りで方向を変える)
  • 述語の動詞tournerは、「回転する」「曲がる」などで、静止した状態を指す言葉ではなさそう。ここでは車の動作だから、「向きを変える、曲がる」だろう。

恐らくこの茂みは、車道の曲がり角またはカーブの内側に生えている。愛し合う場所としてはまったく不向き。

ヌレエフの話の信頼性の低さ

プティはこの後、「彼の話の信憑性を強く疑った」(『密なる時』より)。それらしそうな場所が全く見つからない状態では、「さてはでたらめ言ったな」くらい考えてもおかしくないだろう。

しかし新倉真由美の文では、プティの捜索が徒労だったということが書かれていない。曲がり角の内側の茂みも、駐車場の敷地内にある絶好の場所とも受け取れる。「そんな場所はないじゃないか、本当か?」が「ここかも知れないけれど、本当か?」になったわけで、プティの疑いがかなり薄れてしまった。

更新履歴

2014/9/23
箇条書きを導入

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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