伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

発言者はルディエールでなくヌレエフ

『ヌレエフ』P.268-269:
常に完璧を目指すプロのダンサーたちは彼の威厳に圧倒され、専制的な権力を持つ巨人に魅せられ憧憬の思いを育んでいった。実際彼の信念には反論できなかった。
「ダンサーたちは自分自身から抜け出して、比類ないほど極端に突き進んでいくしかないのです」
モニク・ルディエールは言った。
「彼は人格というよりむしろ才能によって突き動かされていました。
Meyer-Stabley原本:
Son autorité, dès lors qu'elle s'abat sur des professionnels toujours en quête de perfection, se nourrit de leur fascination pour ce géant tyrannique et entier, mais dont le credo est irréfutable : « Les danseurs ne peuvent progresser qu'en sortant d'eux-mêmes, dans la démesure, dans l'exceptionnel ; c'est difficile dans un monde banalisé », confie-t-il. Pour la danseuse Monique Loudières, « il est plus motivé par le talent que par la personnne,
Telperion訳:
彼の権威は常に完璧を探し求めるプロたちに襲いかかるので、専制的で頑固ではあるが、反論の余地がない信条を持つこの巨人に、プロたちは魅了されるようになった。「ダンサーたちが進歩するには、自分自身から抜け出し、過剰さに、例外的なものに向かうしかありません。これは大衆化された世界では難しいことです」と彼は打ち明ける。ダンサー、モニク・ルディエールにとっては、「彼のやる気を起こすのは人柄より才能です。

パリ・オペラ座バレエの監督だったヌレエフとダンサーたちの関係。

最初の発言がヌレエフのものと分かりにくい

引用がやや長めなのは、「ダンサーたちが自分自身から抜け出して」云々という発言の前後の文脈を見せるため。この発言がヌレエフの信念なのか、それともルディエールの発言なのか、私には新倉本を読んでもはっきりしなかった。「『~』と誰それが言った。『~』」のように、会話の中に「誰それが言った」という説明文を挟み込むことは、フランス語でも英語でも、従ってその日本語訳でも多い。だから上記の発言もルディエールが言ったことに含まれる可能性は、新倉本からは否定できない。

原文では「自分自身から抜け出して」云々の後にconfie-t-il(彼は打ち明ける)と書いてあるので、ヌレエフの発言だとはっきり分かる。

原本では短所扱いの「専制的な権力を持つ」

ここで取り上げることは、「分かりにくい訳」でなく「間違った訳」と言ってさしつかえない。でも単独の記事にするには小さなことなので、ここで併記する。

「この巨人」(ce géant)を修飾する「専制的で頑固一徹な」(tyrannique et entier)と「反論の余地がない信条を持つ」(dont le credo est irréfutable)の間には「しかし」(mais)がある。このことから、Meyer-Stableyは2つの形容に逆の意味を持たせていることが分かる。「専制的で頑固一徹」はヌレエフが反発される要素、「反論できない信条を持つ」はヌレエフが心服される要素を指すのだろう。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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