伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

和解後は遠慮がちになったヌレエフ

『密なる時』P.81-82:
私たちは深い友情で結ばれていた上に猜疑心も共有していたので、そのことが我々に戦場に向かう馬にひらりとまたがることをためらわせていた。彼は時間の大半を和解に費やすことを好んでいたが、私は時々脱線し、その小康状態を利用して見当違いな挑発を試みようとしたりした。
プティ原本:
un profond lien d'amitié ainsi qu'une méfiance qui nous était commune le faisaient hésiter à sauter sur son cheval de bataille. La plupart du temps il préférait être conciliant, et souvent c'est moi qui déraillais et profitais de l'accalmie pour, à tort, le provoquer.
Telperion訳:
友情の深い絆、そして我々に共通した猜疑心は、彼が軍馬に飛び乗るのをためらわせた。大体において彼は妥協する調子のほうを好み、脱線して凪を利用し、不当に彼を挑発したのは、多くは私の方だ。

相手をやり込めるのが好きなヌレエフが、「ノートルダム・ド・パリ」事件での決裂を経て和解した後のプティにはそうでもなかったという説明。

軍馬に乗るのをためらったのはヌレエフだけ

第1文は大ざっぱに言うと「我々の絆と猜疑心は軍馬にとび乗るのをためらわせた」という使役文。使役文の目的語、つまりとび乗るのをためらった人物は、使役動詞 faisaientの前にある代名詞le(彼)、つまりヌレエフ1人。「我々にためらわせる」ならこのleはnousでなければならない。

衝突が先立たない妥協

新倉真由美は「時間の大半を和解に費やすことを好んでいた」と書いているが、原文のヌレエフが好んだのは" être conciliant"(妥協的である、協調性がある)。和解するにはまず相手と衝突する必要があるが、妥協や強調には相手との衝突は要らない。ヌレエフは恐らく、和解が必要になる局面を最初から避けていたのだろう。

挑発したのがプティという強調

原文最後の文は"C'est moi qui ~ (主語が欠けた文)"という形になっている。これは「文の動作を行うのは私である」と強調する構文。「挑発するのは私だ」と強調することで、対するヌレエフは挑発をためらっていたことを語っている。

更新履歴

2014/9/28
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2015/2/24
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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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