伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

自分から折れたくはなかったプティ

『密なる時』P.8:
私たちは時々衝突したが、攻撃やこの上なく過酷で激しい叱責や侮辱、それらの痕跡はあっという間に跡形もなく消え去り、お互いに次の一歩を踏み出そうと模索し、かけがえのない友情の絆を再び結ぼうと努めたものだった。
プティ原本:
Les disputes, les coups, les plus cruelles algarades, les plus violentes, ainsi que les insultes, leurs traces se cicatrisent vite, chacun attendant que l'autre fasse le premier pas, cherchant à renouer les liens irremplaçables de l'amitié.
Telperion訳:
口論、打撃、最も容赦なく、最も暴力的な応酬、ならびに侮辱、その傷跡は間もなく癒え、それぞれが相手の歩み寄りを待ち、友情のかけがえのない絆を復活させようと努めていた。

"faire le premier pas"は文字通りには「最初の一歩を踏み出す」で、「自分から歩み寄る」という意味もある。プティとヌレエフの間で起きた激しい対立が書かれた後にあるので、ここでは「歩み寄る」が適切と思う。

それぞれが待っていた(chacun attendant)のは、l'autre(他方)が歩み寄ること。つまり、プティはヌレエフが、ヌレエフはプティが歩み寄って来るのを待っていた。

プティとヌレエフの激烈な対立と言えば有名なのが、1983年7月(日付はヌレエフ財団サイトに載っている)の「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演に端を発するプティのパリ・オペラ座バレエからの作品引き上げ。プティ作品が再びオペラ座で上演されるのは1988-89シーズン、つまり和解まで実に5年かかった。そしてプティはこの本で「ヌレエフから和解を求めてくるのを待っていた」と書いている。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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