伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

観客を引っ張る力が足りないヌレエフ

『密なる時』P.59:
今日、君は時折ぼんやりした様子で踊りの最中に観客を忘れてしまい、地に足が付かず漂流しているように見えた時があったよ。かつてのアイドルはどこへ行ってしまったの?」
プティ原本:
Aujourd'hui tu as souvent l'air absent et donnes l'impression au milieu de tes danses d'oublier ton public qui perd pied et part à la dérive. Où est l'idole ?
Telperion訳:
今日、君は何度も上の空で、踊りの最中に観客を忘れ、観客は足場を失い漂流を始めたように見える。アイドルはどこにいるのだろう?

ヌレエフの公演が多すぎて品質の維持がおぼつかなくなっているというプティの苦言。

漂流するのはヌレエフでなく観客

関係節"qui perd pied et part à la dérive"(水の中で立てなくなり、漂流を始める)の先行詞、つまり漂流を始めるのは、直前の"ton public"(君の観客)。tu(君)だとしたら、述語perdとpartはそれぞれperdsとparsでなければならない。だいいちtuはあまりに前にあり過ぎて、この関係節の先行詞になるのは無理。

ヌレエフは今でもアイドル

"Où est l'idole ?"(アイドルはどこにいるのか?)は直説法現在の時制で、「かつての」にあたる言葉はない。実際、年250回の公演を抱えているヌレエフは、まだ現役のアイドルだろう。この疑問文は、その直前で「観客が足場を失い漂流を始める」と書かれたことを受けているのではないかと思う。ヌレエフが上の空なのを悟った観客が、「まるでここにいないみたいだ、ではどこにいるのだろう?」と不審に思うというわけ。

会話を示す括弧の有無

引用した文がある段落は、プティがヌレエフに話しかけている形。新倉真由美は段落を角括弧「」で囲んでいるが、原文は角括弧に相当する«»で囲まれていない。別の場所(『密なる時』P.91に相当)でプティが推測したヌレエフの内心の叫びも、同じく«»で囲まれていない会話文になっている。もしかしたら、上記の苦言はプティの内心であり、実際には口にしていないのかも知れない。一応、私も角括弧は使わないでおいた。

更新履歴

2014/6/20
小見出しを追加

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する