伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

すぐにはヌレエフと夜遊びできなかったプティ(1)

『密なる時』P.50:
ロンドンでのヌレエフとの放埓な生活を終えてからミラノに滞在中していた(原文ママ)私は、スクリャービン作曲の交響曲第4番『法悦の詩』で新しいバレエ『エクスタシー』を振り付けたいと願っていた。怪物ヌレエフは夜は怪しげに活気づくこの街に、新たに私を精通させていった。
プティ原本:
Après avoir fait avec Noureev les quatre cents coups à Londres, j'espérais bien que pendant notre séjour à Milan où je devais lui régler un nouveau ballet sur la symphonie Extase de Scriabine, le monstre me ferait découvrir une ville dont l'activité nocturne n'était pas évidente.
Telperion訳:
ヌレエフとロンドンで放埓に過ごした後、スクリャービンの「法悦(エクスタシー)」交響曲をもとにした新作バレエを彼に合わせなければならずにミラノに滞在中、この怪物が私に夜の活動があからさまでない街を発見させてくれることを大いに期待していた。

プティが抱いた夜遊びの期待

主文先頭の"j'espérais bien"(私はとても期待していた)の後に、queで始まる目的語、つまり期待の内容が書かれる。queに続くのは主語と述語をそなえた完全な文。この文は次の語句から構成される。

文の時期を示す語句
pendant notre séjour à Milan (ミラノに私たちが滞在中)
直前の単語Milan(ミラノ)を修飾する関係節
où je devais lui régler un nouveau ballet sur la symphonie Extase de Scriabine (私がスクリャービンの交響曲「法悦」に基づく新作バレエを彼に合わせなければならなかった)
主文
le monstre me ferait découvrir une ville (この怪物が私に街を発見させる)
直前の語句ville(街)を修飾する関係節
dont l'activité nocturne n'était pas évidente (夜の活動が明らかでない)

重要なのは、プティが期待したのは主文に当たる3番目の部分だということ。「ミラノで滞在中」は、いかに長い関係節で修飾されていようと、文の断片に過ぎない。3番目の部分まで含めて初めて、期待の内容を表す節が主語"le monstre"(怪物)と述語ferait(~させる)を持つ完全な文になる。

プティは「遊び上手なヌレエフならきっと穴場に案内してくれる」と期待していた。しかしまだここではその期待は実現していない。

プティから見えないミラノの夜の活動

文末にあるミラノを修飾する関係詞の文"l'activité nocturne n'était pas évidente"を直訳すると、「夜の活動が明らかでなかった」。どう逆立ちしても、「夜は怪しげに活気づく」とは訳しようがない。

この文の後、「夜になるとミラノ中のいたるところ、すぐに眠りについてしまうように見えた。ヴィットリオ・エマニュエル2世大通りだけが例外だった」(『密なる時』より)と書かれる。「夜の活動が明らかでない」とは、夜の盛り場がプティの目にとまる場所にないということ。

果たしてプティの期待はかなったのか。それはこのすぐ後で語られる。

2014/3/8
箇条書きを導入
2014/9/21
"un ville"とそれを修飾する関係詞を分離して説明

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する