伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

当初ヴァレンティノを気に入らなかったヌレエフ

『ヌレエフ』P.236:
ヴァレンチノはどちらかと言うと不機嫌そうな人物に感じました。彼は誰からもあやつられるがままで、批評家に侮辱されても言葉を返しませんでした。争いを引き起こしてから自己防御するようになったと感じますが、
Meyer-Stabley原本:
À la première lecture, Valentino me parut plutôt déplaisant. Il se laissait manœuvrer par n'importe qui et insulter par la critique sans répondre. Je me sentis particulièrement concerné par cette lutte à mener, cette défense de soi-même...
Telperion訳:
最初に読んだとき、ヴァレンティノはどちらかというと不愉快な人物に見えました。誰からも操られるがまま、応酬もせずに批評家に侮辱されるがまま。私はこの行うべき戦い、この自己防御に自分がとりわけ関わっていると感じます...

主演映画「ヴァレンティノ」の脚本を初めて読んだときのことを語るヌレエフ。

ヴァレンティノの感情ではなく、ヴァレンティノが他人に感じさせる感情

déplaisantは動詞déplaire(~を不快にする)の現在分詞で、意味は「人を不快にさせる」、つまり「気に入らない、嫌な」。自分が不機嫌なのではなく、人を不機嫌にさせる。

自己防御するのはヌレエフ

第3文に出る代名動詞"se sentir ~"は「自分が~だと感じる」なので、話し手ヌレエフが自身について語っている。自身が戦い続けてきたヌレエフは、受け身のヴァレンティノを快く思わないということ。

争いの後で防御したのではない

「この戦い」(cette lutte)と「この防御」(cette défense)は単に並んでいるだけで、後者のほうが後に起こったとか、前者が後者の原因とかいう含みは感じない。

更新履歴

2013/1/20
発言の背景について加筆
2014/1/20
小見出しを追加

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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