伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

プティの頭をよぎった感染への恐れ

『密なる時』P.92-93:
なんとも寂しい瞬間だった。なぜなら私たちは、この親愛の情に満ちた抱擁がおそらく最後になってしまうことを見抜いていたからだ。私は心の中で問いたださずにはいられなかった。どうしてエイズになんか感染してしまったのだ? 精液、血液、注射、それとも歯医者か? 床屋のハサミでないともいえない。いや、もしかしたら唾液かもしれない。もうそんなことはどうでもよいのだ。
プティ原本:
A ce même instant de tritesse, car nous devinions que cette fraternelle accolade était probablement la dernière, je n'ai pas pu empêcher mon esprit de se poser la question « ça s'attrape comment le sida ? ». Le sperme, le sang, les seringues, peut-être chez le dentiste, pourquoi pas avec les ciseaux du coiffeur, et la salive ? Peu importe,
Telperion訳:
この兄弟のような抱擁は恐らく最後になるだろう、そう私たちが察したための悲しみと同じこの瞬間に、私の頭脳がこう問いかけるのを私は阻むことができなかった。「いったいエイズはどのように伝染するのか」。精液、血液、歯医者か何かの注射器、ことによると理髪師のはさみ、そして唾液は?それがどうした、

プティが晩年のヌレエフと別れ際にロシア風に抱擁と口づけをかわしたとき。

問題なのはヌレエフへの感染経路ではない

プティの頭に浮かんだ疑問« ça s'attrape comment le sida ? »には、ヌレエフを指す代名詞などの語句がない。これはヌレエフ個人についてではなく、一般論としてのHIV伝染方法を問う文。

ヌレエフへの感染経路として歯医者やハサミを疑う不自然さ

考えてみれば、ただでさえエイズは知られ始めた当初、同性愛者間の性交渉でうつる病気と思われていた。しかもヌレエフは実際にそういう性交渉をひっきりなしにしていた。そのヌレエフがエイズになった理由として、注射器やハサミを本気で候補に挙げる人間は、当時どころか今も果たして存在するのだろうか。なのに新倉真由美のプティは、エイズになった理由を心の中でヌレエフに問いただしたというのだ。

ヌレエフの私生活に立ち入らないスタンスの伝記作者なら、「どういう経路でHIV陽性になったのかは分からない」という書き方をするかも知れない。しかしプティはヌレエフの性生活をタブー視せずに書いている。今さら感染経路に心当たりがないふりをするとは思えない。

プティがHIV伝染経路について考えた理由の推測

なぜプティはHIV伝染経路を考えたのか?プティとヌレエフの間の情愛や感傷などを考慮せず、「HIV陽性患者と口づけをかわす瞬間、さまざまなHIV感染経路を思い浮かべた」と考えてみると、ある想像が浮かぶのではないかと思う。その想像の補強となりそうなことを原文から拾い出してみる。

  1. その疑問が浮かんだのは、最後のあいさつになるという推測ゆえの悲しみと「この同じ瞬間」(ce même instant)だということをプティは強調している。
  2. 疑問を呈したのは"mon(私の) esprit"。espritを仏和辞書で引くと、「精神、心」と載っているが、「知性」や「才気」という訳語もある。感動や情愛よりは、知性や頭脳を司る部分らしい。
  3. 問いかけてくる自身のespritを「私は阻むことができなかった」(je n'ai pas pu empêcher)という言い方。
  4. プティはさまざまな感染経路の可能性を挙げた後、「どうでもよい」(Peu importe)と書いてから、この口づけがいかに価値あるものかを力説する。「どうでもよい」と書かねばならないのは、感染経路について考えると口づけの価値が下がるからとは考えられないだろうか。

ヌレエフと口づけを交わした瞬間に思わず「エイズは唾液からもうつるのか?」と考えてしまったプティは、非常な自己嫌悪を感じただろう。そしてしっかりヌレエフを抱きしめたのではないだろうか。大変悲痛で、大変胸を打つ告白と思う。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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