伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

プティに無断で作品を踊ろうとしたヌレエフ

『密なる時』P.74:
僕はパリでデュウシュカ(マカロワ)と踊るから」
ヌレエフがこう言っていたことは、ニューヨークでヌレエフの相手役のエスメラルダを演じたマカロワから教えてもらった。彼女はパリ・オペラ座国立劇場の芸術監督に就任したヌレエフにより、ガルニエ・オペラ座に招待されていた。大変ご立派なことに、彼は私の意見などまったく聞くこともなく何もかも決定していたが、私は了承しなかった。
プティ原本:
I will dance it in Paris with you Douchka* .» C'est en ces termes que j'appris par Makarova, l'Esmeralda de Noureev à New York, qu'elle était invitée à l'Opéra Garnier par le monstre alors directeur de la danse de notre théâtre national. C'est bien beau de tout décider sans l'avis de l'auteur, mais voilà, l'auteur n'était pas d'accord.
* Je le danserai à Paris avec toi, Douchka. »
Telperion訳:
パリで君とこれを踊るから、ドゥーシュカ(英語)」。ニューヨークでヌレエフのエスメラルダだったマカロワから、彼女が当時我々の国立劇場のバレエ監督だった怪物からオペラ座のガルニエ宮に招待されていることを教わったのは、この言い方でだった。作者の意見を聞かずにすべて決定するとは大変結構なことだが、そういうわけで作者は賛成しなかった。

「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演の稽古でぎくしゃくしているプティとヌレエフ。

プティが注目したのはヌレエフの言い方

プティの最初の叙述文は強調構文"C'est A que B"(BなのはAである)を使っている。強調されるのはA部分。

Aに当たる語句
en ces termes"(これらの言い回しで)
Bに当たる語句
j'appris par Makarova, l'Esmeralda de Noureev à New York, qu'elle était invitée à l'Opéra Garnier par le monstre alors directeur de la danse de notre théâtre national. (ニューヨークでヌレエフのエスメラルダだったマカロワから、彼女が当時我々の国立劇場のバレエ監督だった怪物からオペラ座のガルニエ宮に招待されていることを教わった)

プティは「この言い方で」を強調することで、マカロワがヌレエフに招待されたこと自体より、どういう表現でそう言ったかが問題だとほのめかしている。

作者として腹を立てたプティ

引用部分の直前でヌレエフはプティを"he can fuck himself."(『密なる時』の訳は「もう勝手にしやがれ」)と罵倒している。プティの気に障った「この言い方」とは、そのことに見えるかも知れない。

しかし、ここで引用した部分でプティは自分を2回にわたってl'auteur(作者)と呼び、「作者の意見なしに決定する」のを非難する。プティが「自分が作者だ」と強調していることを念頭におきつつヌレエフの言葉を読み返すと、問題なのはその中のitだと分かる。

ヌレエフがitと呼んだのは、稽古中のカジモド役。これをヌレエフが踊るには、もちろん作者プティの了承が必要。なのにプティはまったく打診されないまま、いきなりマカロワからパリ公演を決定事項のように聞かされた。「作者の意見を聞かずにすべて決定するとは大変結構なことだ」と嫌味も言いたくなるだろう。

プティがマカロワ招待に怒ったかのような新倉真由美の文

新倉真由美の文では、プティはカジモド役に一切言及しないし、作者の地位も強調しない。だから、プティの不興を買ったのはヌレエフがマカロワを招待したことのように受け取れる。

しかしマカロワはプティのダンサーではない。これは私の当て推量だが、マカロワがニューヨークでエスメラルダを踊ったのも、ヌレエフと同じく、スター出演で興行を確実に成功させたいメトロポリタン・オペラのジェイン・ハーマンの意向だと思う。そのマカロワを誰がどこに招待しようと、プティが怒る理由はない。

ごく少数にしか分からない訳はやはり問題

これまで私は、「この訳文は明白に原文と違う」「これでは著者の意図が分かる読者がいるわけがない」という、読者全員が誤解するような訳文を取り上げることを心がけてきた。一方、この文の場合、勘の良い人ならプティの怒りを買ったのが「ノートルダム・ド・パリ」上演を独り決めしたことだと分かるかも知れない。だから、重要なキーワードl'auteurを消したとはいえ、誤訳とまで呼ぶのはためらわれるこの個所を取り上げるのには、いささか迷いがあった。しかし、原文を読めば明快なことが訳文ではぼやけていてよく分からないというのは、やはり気になる。ましてや『密なる時』の訳者あとがきにはこう書いてあるのだから。

言うまでもなく、翻訳は原作を忠実に訳すことが絶対条件です
著者の意図を確実に伝えた上で
2014/3/6
文法説明と小見出しを追加
2014/6/22
小見出しによる分け方を少し変更

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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