伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

『ヌレエフとの密なる時』の原文比較

訳本『ヌレエフ』について書きたいことはまだまだあります。まもなくヌレエフの没後20年を迎える今、新たに注目されるかも知れない『ヌレエフ』について、できる限りいろいろなことをはっきりさせたいですから。しかしここで、いきなり寄り道をする衝動に突き飛ばされました。

原書『Temps liés avec Noureev』購入に至るまで

訳本『ヌレエフ』をMeyer-Stabley原本と比べているうち、同じく新倉真由美による邦訳本『ヌレエフとの密なる時』の出来が気になり始めました。出版にはコストやスケジュールの制約があるとはいえ、『密なる時』の新風舎は自費出版を主に手掛けていたということで、著者(この場合は訳者ですが)の裁量がかなり認められるのではないだろうか。そういう恵まれた状況での翻訳はどういう品質だろうか、と。

そこで図書館で『密なる時』を読んでみたところ、さすがに『ヌレエフ』ほど違和感だらけということはありませんでした。しかしそれでも、P.88の「ソ連のゴーリンスキーから亡命して以来」という記述でつんのめることになります。ゴーリンスキーはヌレエフの仕事や財産の管理者(英語ではimpresarioと呼ばれる職業ですが、日本語ではどう呼ぶべきかよく分かりません)で、『ヌレエフ』第11章に名前があります。そもそもヌレエフはパリで亡命する前、レニングラードで活躍していたのは、伝記を読まなくても知られている事実でしょう。ましてや『Noureev』を読んだ人間なら、たとえ原文が難しくて訳をでっちあげなければならないとしても、「ゴーリンスキーから亡命」と書けるはずがないのですが。

『Noureev』に載った引用を読む限り、プティの文は一つ一つが長い傾向があり、必ずしも文法どおりではないかも知れません。たとえば、先日書いた記事「筋肉の衰えは勇気でなく疲労の原因」にある語句"parce que"の後には、主語と述語である"il soit"(彼は~である)がしかるべき時制で存在するのが普通なのに、省略されていました。だいたいが平易な文法のMeyer-Stabley本と違い、プティの原書を読むのは非常に困難だと予想され、買うかどうかは非常に迷いました。しかし、他にも原文を見たい個所はいくつかあったとはいえ、「ゴーリンスキーから亡命」は、それ一つだけで原文を読みたくなるインパクトがありました。

原書を見た今

こうして先日プティの原本『Temps liés avec Noureev』が手元に届きました。プティはゴーリンスキーを人名として書いていたことは、今さら言うまでもないでしょう。その個所と、原文が気になった他の個所を見て、私はかつて『Noureev』が手元に届いたときと同じくらい、頭を抱えることになりました。『密なる時』の中で『Noureev』が言及されているので、確かに新倉真由美は参考文献として『Noureev』を読んだようです。しかし、あれを読んでおいてこんな文を書けるのか、と思うのは、ゴリンスキーの個所だけではありませんでした。

私の嗅覚は『ヌレエフ』のせいで向上しているはずで、たまたま少ない個所をうまく見つけてしまっただけかも知れません。しかし、まだ数ページくらいしか原文比較を試みていない『密なる時』で、『ヌレエフ』でよく見られる新倉真由美の癖がもう見つかっています。

そういう状況では、残りの部分についても楽観的にはなれません。まあ、翻訳ミスがゼロになるのは難しいもので、私自身もブログに載せた自分の訳を何回か修正しています。深刻なミスでも、回数が少なければ、許容範囲内なのですが。

『密なる時』の原文比較に深入りできない理由

いくつかの理由で、『密なる時』の原文比較記事の数は、『ヌレエフ』に比べると、はるかに少なくなると思います。

  • 前に書いたとおり、プティの文は難しく、記事にできるほどしっかり解析できないことがままある。
  • プティとヌレエフの関係の移り変わり、プティがヌレエフに抱く愛着という『Temps liés avec Noureev』の本質は、『密なる時』に色濃く残っているように思う。事実の説明として期待されるはずなのに正しくなさすぎる『ヌレエフ』のほうが、放置したくない。

しかし、たとえ数個しか記事を書けなくても、やれることはやるつもりです。私はヌレエフ絡みでいろいろな本や新聞記事を読みましたが、別なところで書いてあったことを見つけると嬉しくなります。新倉真由美のせいでその楽しみに水を差された個所くらいは、きっちりさせたいです。

最後に

私がヌレエフの名を最初に見たのは、あるブログに載った『密なる時』の要約でした。本自体より感動的にまとめてあると言ってもよく、読んだとき胸を打たれたものです。あの記事を生んだきっかけとなった邦訳『密なる時』には、こういう小品をよくぞ邦訳出版してくれたという感謝の思いがありました。今後は分かりません。こういうことになって、とても残念です。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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