伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

筋肉の衰えは勇気でなく疲労の原因

『ヌレエフ』P.296:
「一体どうやって彼はあらゆる治療に耐える勇気を奮い起こし、毎晩偉大なダンサーの役を演じ続けたのでしょう。なぜなら彼は憔悴しきっており、すでに衰え破壊されつつある筋肉はもはや彼を救えなかったからです。毎日少しずつ彼がロボットに変わっていくようでした」
Meyer-Stabley原本:
« Comment a-t-il eu le courage de résister à toutes ces épreuves et de continuer à jouer chaque soir le rôle du grand danseur, épuisé parce que insuffisamment aidé par une musculature vieillie et défaillante, et de se voir un peu plus chaque jour transformé en robot ? »
Telperion訳:
「これらの試練すべてに耐え、偉大なダンサーの役を毎晩演じ続け、自分が毎日少しずつロボットに変わっていくのを見る勇気を、どのように彼は身に付けたのだろうか。老いて衰えた筋肉による助けが不十分なせいで疲れ果てた体で」

さまざまな医療措置の助けを借りて踊る晩年のヌレエフについて、ローラン・プティ著『Temps liés avec Noureev』からの引用。

文全体の構文解析

この文はいくつかの部分に分けられる。

基本となる疑問文
Comment a-t-il eu le courage (彼はどのように勇気を持ったのか?)
勇気の内容1
de résister à toutes ces épreuves (これらの試練すべてに耐える)
勇気の内容2
et de continuer à jouer chaque soir le rôle du grand danseur, (そして偉大なダンサーの役を毎晩演じ続ける)
分詞構文
épuisé parce que insuffisamment aidé par une musculature vieillie et défaillante, (老いて衰えた筋肉によって不十分に助けられるせいで疲れ果て)
勇気の内容3
et de se voir un peu plus chaque jour transformé en robot (そして自分が毎日少しずつロボットに変わっていくのを見る)

この文には「de + 不定詞」という形の句が3つある。最初の"de résister"(耐える)が直前の"le courage"(勇気)を修飾することは分かりやすい。他の2つである"de continuer"(続ける)と"de se voir"(自分を見る)もやはり、どういう勇気なのかを説明している。

分詞構文が修飾するのは、文全体かも知れないし、直前の「偉大なダンサーの役を演じ続ける」かも知れない。私には判定できなかった。

新倉真由美の文の問題

文全体が一つの疑問文

新倉真由美は「勇気の内容2」の部分の終わりで疑問文を終わらせ、残る「分詞構文」と「勇気の内容3」を別な文のように見せている。「分詞構文」が疑問文への答えになったのも、「勇気の内容3」がプティの感想になったのも、根拠のない創作。

憔悴したのは原因でなく結果

「分詞構文」の部分にある"parce que"は「なので、だから」という意味であり、"parce que"の後に原因の説明が続く。新倉真由美が「憔悴しきっており」と訳したépuiséは"parce que"の前にあるので、"parce que"の後に書かれたこと(老いて衰えた筋肉に不十分に助けられる)が原因で生じる結果。筋肉が弱っているから疲れ切るという、ごく理にかなったことをプティは言っている。

ロボットに変わるのを見るのはヌレエフ自身

「勇気の内容3」の部分にある代名動詞"se voir ~"の最も基本的な意味は「自分が~なのを見る」。ここではヌレエフが持った勇気の1つとして、「ロボットに変わる自分を見る勇気」を挙げている。

更新履歴

2014/10/12
小見出しの追加

コメント

些細なことで些か気が引けますが、

「毎晩偉大なダンサーの訳を演じ続けたのでしょう。」
は「役」の誤変換でしょうか。
 

直しました

新倉本の誤字を写す時はいつも「(原文ママ)」を追記しているので、あからさまな誤字が何の注釈もなしにある場合、私の誤字です。「訳」は私がよく使う漢字ですし。

過去記事を見直すことはよくありますが、新倉本引用までは見ていませんでした。今後は見直したくなった記事は全体を見たほうがいいですね。他にもどこで誤入力しているか分かりませんから。気づかせてくださり、ありがとうございました。

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プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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