伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

予期できた「ヌレエフと仲間たち」の大当たり

『ヌレエフ』P.196:
「わが友ヌレエフは連夜興行的大成功を収め、大勢の観客で埋め尽くされるという予期せぬ大当たりの余韻を引きずっていたのだと思います。
Meyer-Stabley原本:
il croyait que son « ami Noureev s'organisait des soirées fructueuses, faisant ainsi tinter le jackpot qui abondamment le comblait chaque soir.
Telperion訳:
「わが友ヌレエフは実りある公演を企画し、こうして毎晩大いに望みをかなえる大当たりを叩き出したと思う。

ローラン・プティ著『ヌレエフとの密なる時』からの引用で、「パレドゥスポールでの“ヌレエフと仲間たち”の公演」(訳本より)について。

構文解析

ヌレエフがしたとプティが信じていることは、第1文のqueから文末までの節の内容。ここでヌレエフの行動として挙げられているのは2つ。

  1. 節の述部である"s'organisait des soirées fructueuses"(実りある公演を企画した)
  2. 分詞構文である"faisant ainsi tinter le jackpot qui abondamment le comblait chaque soir"(毎晩大いに彼を満足させる大当たりをこうして叩き出す)

「予期せぬ」とか「余韻を引きずる」とかいう言葉を原文から導き出すのは無理。

大当たりを想定した会場選定

パレ・デ・スポールはかつては最大4600人の観客を収容できたという大アリーナ(公式サイトの記載より)。多くの観客が詰めかけるという自信がなければ、最初から公演場所としてパレ・デ・スポールを選ばないだろう。

実際、ヌレエフの公演が観客で埋め尽くされるのは、最晩年でない限り当然のことだった。ヌレエフの新作振付は不入りのこともあったらしいが、1974年にパレ・デ・スポールで初めて行われた「ヌレエフと仲間たち」(Nureyev and Friends)は、ヌレエフが古典からコンテンポラリーまでさまざまなダンスを披露するコンセプト。まだまだこの時期、ダンサー、ヌレエフの集客力は衰えていない。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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