伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

FBIが知りたいのは部屋への立ち入り

『ヌレエフ』P.229:
FBIはヌレエフがロサンゼルスツァー(原文ママ)中にそのホテルに宿泊し、客とホモセクシュアルな関係をもったか調査を試みた。
Meyer-Stabley原本:
Le FBI essaiera en vain de découvrir si Noureev a séjourné à l'hôtel pendant sa tournée à Los Angeles, avant d'orienter l'enquête sur une possible relation homosexuelle avec un client de l'établissement.
Telperion訳:
FBIはヌレエフがロサンゼルスのツアー中にそのホテルに宿泊したかどうかを知ろうとしたが徒労に終わり、その後、調査の対象は施設の客とありえた同性愛関係になる。

カリフォルニア州サリナスのホテルでヌレエフの名が書かれたスパイのメモらしきものが見つかった後のこと。

ある調査に失敗したから別の調査

原文はカンマの前で「ヌレエフがそのホテルに泊まったかを空しく知ろうとした」と書き、カンマの後で「施設の客とあったかも知れない同性愛関係を調査の対象にする前に」と書いている。つまり、2つの調査の間には時間差がある。

ここで念頭に置くべきは、FBIはKGBと違い、同性愛を摘発する任務を負わないということ。FBIがヌレエフの身辺調査をする目的は、ホテルで活動していたらしいスパイと接触したかどうかを調べることに限られる。だからまずヌレエフがホテルに泊まったかどうかを調べた。しかし不首尾に終わったので、ヌレエフがホテルを訪問し、メモがあった部屋に入ったかどうかを調べることにした。部屋に入る口実として、ヌレエフの場合最も自然なのは、客と性的な関係を持つことだとFBIは考えたのだろう。

新倉真由美の訳だと、宿泊についての調査と客との関係についての調査が同時に行われたように読める。スパイ活動を調査するなら、宿泊したかを調べるだけで十分なのに、なぜ同性愛関係を持ったかどうかまで調べるのか、原文を読むまで私には分からなかった。実際、宿泊が判明していればFBIは客との関係を調べることはなかったろうから、宿泊調査と関係調査の時間差は無視するべきではないと思う。

FBIが尋問した客

引用文の後で、FBIが客に性的志向について質問したことが書かれている。尋問された人物は原本と訳本で次のように書かれている。

『ヌレエフ』P.229:
宿泊客
Meyer-Stabley原本:
un ancient occupant de la chambre
Telperion訳:
部屋の元の居住者

部屋(chambre)は定冠詞laが付いているので、特定された部屋であり、この場合はメモが見つかった部屋だろう。特にこの部屋の客を尋問するということから、やはりFBIにとっての関心事はヌレエフがこの部屋に来たかどうかだと推測できる。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する