伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

第三者の感想がミック・ジャガー本人の告白に化ける

『ヌレエフ』P.180:
「それは魅惑的な瞬間だったよ。まるでカチンとスイッチが入ったみたいだった」
Meyer-Stabley原本:
Lors d'une de leurs sorties culturelles, Mick Jagger et Marianne se rendent dans les coulisses pour le rencontre. « Ce fut un instant fascinant, se rappelle un témoin, un déclic instantané s'est produit entre Noureev et Jagger. J'étais ennuyé pour Marianne, qui paraissait un peu à l'écart. »
Telperion訳:
ミック・ジャガーとマリアンヌは文化的な外出の1つで、舞台裏までヌレエフに会いに行った。目撃者は回想する。「うっとりする瞬間だった。ヌレエフとジャガーの間で瞬時に何かが作動したんだ。マリアンヌのために心配になったよ。少しばかり蚊帳の外に見えたからね」

ヌレエフの舞台にミック・ジャガーが感激した後のこと。出典は原本の参考文献一覧にあるジャガーの暴露本『Jagger Unauthorised』(Christopher Andersen著)で、邦訳本『ミック・ジャガーの真実』(小沢瑞穂訳)にも載っている。

次の理由から、引用された発言は新倉真由美の訳ではジャガーのものにしか読めない。

  1. 発言の説明である「目撃者は回想する」(se rappelle un témoin)が省かれた。
  2. 発言からジャガーやマリアンヌ・フェイスフルの名が消えた。このため、発言者がジャガーではありえないということが分からない。
  3. 発言の直前にジャガーがヌレエフを絶賛したさまが書いてある

不注意だけでここまでできるとは私には信じられない。匿名の誰かの感想が、本人の確かな告白にすり替わる。仮にマスコミや検察の人間がしたなら、職業生命を絶たれてもおかしくない。

なお、訳本では「舞台裏まで会いに行った」がないため、この「瞬間」が指しているのが、その前に舞台上のヌレエフをジャガーが初めて見たときを指しているとしか読めない。上の発言者書き換えに比べればささいなことだが。

更新履歴

2014/1/21
出典や感想などの大幅な追記

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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