伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

プログラム作りの苦労は負傷の原因とはいえない

『ヌレエフ』P.136-137:
しかし公演のたびに四人のダンサーのためにプログラムを構成するのは次第につらくなり、案の定千秋楽の夜に事件が起こった。
Meyer-Stabley原本:
Il est déjà dur pour quatre danseurs de composer le programme de toute une soirée, mais voilà que la catastrophe se produite le dernier soir :
Telperion訳:
4人のダンサーにとって公演全部のプログラムを組むのはすでにつらかったが、そこに最後の夜に災難が起こった。

1962年1月にヌレエフ、エリック・ブルーン、ロゼラ・ハイタワー、ソニア・アロワという4人のスターが、共同で構成したプログラムの公演を行ったときのこと。この後、出演者の一人ブルーンが千秋楽直前に負傷し、出演を断念することが書かれる。

4人が作ったプログラムは1種類

前半の原文"Il est déjà ~ une soirée,"と新倉訳「しかし公演のたびに~つらかったが、」を見比べると、次のことに気づく。

  1. 原文のdéjà(すでに)に「次第に」という意味はない
  2. programme"(プログラム)は単数形
  3. "toute une soirée"は「1つの公演全体」。「すべての公演」という意味になるには、soirée(公演)が複数形にならなければいけない。

原文からは、4人が苦労して作ったプログラムは1つだと分かる。公演が複数回行われたのは後半の「最後の夜」という語句から明らかだが、プログラムは毎回同じだった。「すでにつらかった」とは、4人が苦労したのが公演開始前だったという状況を表している。

1つめの危機が2つめの危機の原因とは限らない

後半の"voilà que ~(直説法の文)"は、状況の変化を指して「ほら、~になった」のような意味で使われる。この場合は「初日前にはプログラム作りでへとへと、千秋楽前には出演者キャンセルのピンチ!」と危機感を煽っているのだろう。

しかし新倉訳の「案の定」にある「こんなことになったのは当然だ」という因果関係の主張は、原文からは読み取れない。実際、新倉訳と違い、プログラム構成は公演初日にはすでに終わっている。そんな過去の出来事が原因で千秋楽直前に負傷するのが予測可能なのか、私には疑問。

更新履歴

2016/7/13

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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