伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

オ・ナン・ブルーで買った電車

『ヌレエフ』P.89:
ルドルフとクララは電車を待ちながらナンブルーで二時間を過ごした。
Meyer-Stabley原本:
Rudolf et Clara passent deux heures au Nain bleu à chercher un train électrique,
Telperion訳:
ルドルフとクララはオ・ナン・ブルーで電動の列車を探して2時間を過ごした。

ヌレエフが初めて訪れたパリで過ごしたプライベートな時間。

電車とは

原文を注意深く読むと、「たかが移動手段の電車にわざわざélectriqueを付けるのはどういう意味だろうか。パリは世界に先駆けて電車が走っていたとでも強調したいのかな?」という疑問が浮かぶかも知れない(Nain bleuの意味が分かる人ならそれもないが)。本を読み進めていき、ヌレエフが急な亡命で所持品をすべて失ったことが書かれた部分で、その疑問は解けることになる。ヌレエフがパリで初めて買ったのは、次のものなのだ。

Meyer-Stabley原本:
un magnifique train électrique
『ヌレエフ』P.102:
素晴らしい電車の模型

ヌレエフが買えるtrain、つまり模型の電車だからこそ、電気で動くということをélectriqueで明示する必要があった。

「探す」と「待つ」の違い

chercherは「探す、求める」という意味が一般的で、仏和辞書を見ても「待つ」という意味はない。新倉真由美がそのまま「電車を探しながら」と訳していれば、2度目にこの部分を読んだときに「ああ、あの電車の模型のことか」と気づく読者もいただろう。なのに「電車を待ちながら」に変えたせいで、電車は交通手段の一つという意味しか持てなくなり、亡命で失った電車の模型とのリンクは完全に失われてしまった。

ほんとうに交通手段としての電車のことだったとしても、「電車を待ちながら」だと出発までの時間をのんびりつぶしている一方、「電車を探しながら」だとあちこちの鉄道会社に問い合わせの電話をかけまくるようなことを想像するだろう。著者の表現を尊重するなら、ここで「待ちながら」とは書けないと思う。

オ・ナン・ブルーとは

"nain bleu"をyahooやgoogleで検索すると、最初の検索結果のURLアドレスはboutique.aunainbleu.com。このサイトを訪れると、フランス語のサイトが出てくる。そこであちこちクリックすると、ぬいぐるみやミニカーなど、さまざまな写真が出てくる。玩具店のサイトなのだ。店名は左上にあるAu Nain Bleu。その下に添えられた"Paris 1836"は創業年と思われる。1961年にヌレエフたちがこの店で電車の玩具を探したというのは、フランス人にはこの原文を読むだけで分かることなのだろう。

Meyer-Stableyの原文では、「~で」という前置詞àをAu Nain Bleuの前に付ける都合で、店名がauから始まると分からなくなっている。さらにbleuの先頭が小文字。10年前なら私が"Nain bleu"の正体を突き止められたか疑問。しかし現在は、調べものが昔より格段に楽な時代になった。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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