伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

「ゼンツァーノの花祭り」は急な登板だった

『ヌレエフ』P.138:
彼は最も純粋なブルノンヴィルの伝統的作品“ゼンツァーノの花祭り”のパドドゥーを初めて踊る予定だった。
Meyer-Stabley原本:
ce qu'il fait, exécutant ainsi pour la première fois le pas de deux de Fête des fleurs à Genzano dans la plus pure tradition « Bournonvill ».
Telperion訳:
これを彼は行い、こうして最も純粋な「ブルノンヴィル」の伝統の「ゼンツァーノの花祭り」のパ・ド・ドゥーを初めて演じたのだった。

ヌレエフと同じ公演に出るエリック・ブルーンが直前に怪我で降板を強いられたときのこと。引用直前の文は「唯一の解決策はルドルフが彼自身の出番に加え、ブルーンの役を踊ることだった」(訳本より)。

予定でなく実践

引用冒頭の"ce qu'il fait"(彼がしたこと)が指すのは、直前に書いてある「自分の役とブルーンの役を踊ること」。ヌレエフは実際に自分の役とブルーンの役をともに踊った。

「前の文で書いたのは~なことである」と言うために"ce queまたはqui ~"を続ける手法は、以下の記事でも取り上げている。

exécutant(演じる)の後にあるainsi(こうして)も、ブルーンの降板が理由でヌレエフが「ゼンツァーノの花祭り」を初めて踊ったという因果関係を指している。「予定だった」と訳すのが普通な語句は原文にはない。

私が訳本から受けた違和感

「公演を延期するにも作品を変更するにも既に遅すぎた」(訳本P.138)ほど直前に慌ただしく決まった配役を「踊る予定だった」と表現するのは、ほぼありえないと思う。だから私が訳本を読んだとき、原本を読めば考える必要がない次のような可能性が思い浮かんで当惑してしまった。

  • ヌレエフはブルーンの代わりに『ゼンツァーノ』を踊ろうとしたけれどやっぱりやめたのか?
  • ヌレエフの当初からの配役が『ゼンツァーノ』で、そこへさらにブルーンの役が加わったのか?

次の文で「数日後にブルーンがアメリカでこの役を踊るはずだったので、代わりにヌレエフがニューヨークに飛んだ」とあるので、その前もブルーンの代わりに踊ったのだろうとかろうじて推測はできた。しかし確信できたのは、ルドルフ・ヌレエフ財団サイトのヌレエフ出演作リストを読んだときか、Diane Solway著の伝記『Nureyev: His Life』を読んだときのどちらかだったように思う。

原文にない「予定だった」を新倉真由美が付け足したのは、小さな操作ではある。しかし、原文にある論理を損なうという点では影響が大きいと思う。

2014/1/19
主に小見出しの追加、箇条書きの導入
2017/8/3
ヌレエフ財団サイトのリンクを更新

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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